第五場
守誉Siegmund
ジークリンデの上に身を傾け、彼女の呼吸に耳を澄ます。
眠りが魔法の様に妹の苦痛を鎮めている。
戦魂選女の訪れによって妹は慰めを得られたのだろうか?
その眠りは愁いに沈む妹が、やがて来る熾烈な戦いを見せない為の配慮であろうか?
死んでいるように見えるが、生きている。
幸福な夢が痛ましき妻に慰めを与える様に・・・
新たな角笛の呼び掛け
では戦いが終り、安らぎが得られるまで?まで寝ていてくれ。
彼は彼女を静かに石の腰掛けに横たえ、頬に別れの接吻をする。ジークムントはフンディングの角笛の呼び掛けを聞き、決然と歩き始める。
其処で私を狩る者よ!戦いの用意は良いか?
覚悟するがいい!
苦境剣が運命を決する。
彼は剣を抜き背景の方へ急ぎ、尾根に達すると直ぐに暗い雷雲の中に消える。すると直ぐにその雷雲から電光が煌く。
瑞誉Seiglinde
(夢見ながら不安そうに身動きし始める)
お父様が帰って来てくれないかな。
兄様も一緒に森の中かしら。
お母様恐い!あの人たちは何だか恐い!
黒い煙が・・・煙で苦しい・・・
炎が迫って・・・家が燃える!
兄様助けて!
守誉!守誉!
彼女は跳ね起きる。
激しい電光と雷鳴。
守誉!哀哉!
彼女は不安に駆られて辺りを凝視する。舞台全体は殆ど真っ暗な雷雲に覆われ、絶えず電光が光り、雷鳴が轟くフンディングの角笛が近くで響く。
豺章の声Fundings Stimme
(背景の山の尾根から)
悲司!悲司よ!
犬共が追いつかぬとて、踏み止まって我と戦え!
守誉の声Siegmunds Stimme
(もっと後方の、谷の方から)
お前の傍を通り過ぎたのか。
何処に居る?
其処を動くな!
瑞誉Seiglinde
(極度に興奮して耳を澄ます。)
豺章、守誉、二人の姿が見えたなら。
豺章Funding
呪われた姦夫め、来い!
護朔の名の許に成敗してくれようぞ。
守誉Siegmund
(今度は同じく尾根から)
未だ私が武器を持たぬと思うのか臆病者め!
女神の名で嚇かしても貴様自身が戦わぬ事には護朔も見放すぞ。
此処にお前のトネリコから抜いた剣が在る。
その剣の威力を見よ!
(電光が一瞬山の尾根を照らし、その光の許フンディングとジークムントが戦っているのが見える)
瑞誉Seiglinde
(精一杯の力で)
止めて!
私を始めに殺して!
彼女は尾根の方へ突き進む、然し右手から、戦っている二人の上に煌いた明るい光りが突然激しく彼女の眼を晦ませて彼女は脇の方へよろめく。その耀きの中で聖鎧が現れ、守誉の上を漂いながら盾で彼を護っている。
聖鎧Brunnhilde
斬りなさい!守誉!
剣を信じて!
ジークムントが正に致命的な一撃をフンディングに加えようと振りかぶったとき、左手の方から燃える様な赤い光が、雲を突き破って煌く。その光の中にヴォータンが現れ、フンディングの上方に立ち、彼の槍をジークムントに対して斜めに構えている。
統智Wotan
この槍より退け!
剣よ砕けよ!
ブリュンヒルデはヴォータンに驚き盾をもって退く。
ジークムントの剣は差し出された槍に当たって砕ける。武器を失ったジークムントの胸にフンディングの槍が突き刺さる。
ジークムントは地上に倒れて死ぬ。彼の死のうめき声を聞いたジークリンデは叫び声をあげて死んだように倒れる。
ジークムントの死と同時に両側で輝いていた光は消え濃い闇が雲の中を漂い、前景まで広がる。
その中でブリュンヒルデがぼんやりと見える彼女は急いでジークリンデの方へ向かう。
聖鎧Brunnhilde
馬に乗って!
早く!
彼女はジークリンデを素早く、脇の谷の近くに立っていた彼女の馬に乗せて、直ぐに姿を消す。
すると雲が中央から分かれて今正に斃れているジークムントの胸から槍を引き抜いているフンディングの姿がはっきりと見える。
ヴォータンは雲に包まれて、その後の岩の上にたち、彼の槍に凭れ、ジークムントの屍を苦痛に満ちた表情で見詰めている。
統智Wotan
行け!
護朔の許へ、
統智の槍が約束を果たしたと云え。
逝け!
彼の蔑むような手の動きで、フンディングは地面に斃れて死ぬ。ヴォータンは、急に恐るべき怒りを爆発させながら。
しかし聖鎧め!
あの罰当たりめが!
あの娘には罰を与えねばならぬ。
八極晃天よあの娘を逃がすな。
彼は電光と雷鳴と共に姿を消す。幕が、急速に降りる。
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