第四場
ブリュンヒルデが、彼女の馬の手綱をひいて、洞窟から登場し、緩りと荘厳に、前方へと進む。彼女は立ち止まり、遠くからジークムントを観察する。再び彼女は緩りと前へ進みかなり近くで立ち止まる。彼女は片方の手で盾と槍を持ち、他方の手を馬の首に当てて寄り掛かり、真剣な面持ちでジークムントを見守る。
聖鎧Brunnhilde
守誉!
此方を向きなさい。
貴方は間も無く私に従わねば成りません。
守誉Siegmund
(彼女に視線を向ける。)
美しく気高い少女よ!
貴女は誰ですか?
聖鎧Brunnhilde
死の運命を定められた者のみが私を見ることが出来る。
私の見詰める者は生の光から離れる。
戦場の英雄の前にだけ私は現れ、
私の姿に気付く者が、私が選んだ人なのです。
守誉Siegmund
(長い間、探るように、そして確りと彼女の眼を見詰めた後、もの思いに沈んで頭を下げる。最後に厳粛な真剣さで再び彼女の方を向く。)
貴女に従う英雄は何処に行くのです。
聖鎧Brunnhilde
極楽浄土へ貴方は私と共に逝くのです。
貴方を選んだ戦神である私の父大神の許です。
守誉Siegmund
かの地には戦いの父しかいらっしゃらないのですか?
聖鎧Brunnhilde
戦死なされた崇高な英雄達が神聖なる礼をもて貴方を迎え入れるでしょう。
守誉Siegmund
天の宮では、私は父狼冶を見つけるのでしょうか?
聖鎧Brunnhilde
狼紋の一族は其処で貴方の父と会えるでしょう。
守誉Siegmund
天の宮では一人の女性が喜んで迎えてくれるでしょうか?
聖鎧Brunnhilde
希望の乙女達が其処では執り仕切っております。
天帝統智の娘達が優しく盃を傾けるでしょう。
守誉Siegmund
貴女は崇高な人です。
神聖なる天帝の娘と認めましょう。
永遠なる女よ!
たった一つだけ教えて下さい。
花嫁たる妹は兄に従って逝くのでしょうか?
守誉は極楽浄土で瑞誉を抱けるのでしょうか?
聖鎧Brunnhilde
地の空気を妹はまだ吸わねば成りません。
瑞誉は浄土では守誉に会えません。
守誉Siegmund
優しくジークリンデの上に屈みこんで、彼女の額に静かに接吻する。
そして、静かにブリュンヒルデの方へ再び向く。
では極楽浄土にも、
統智にも宜しく伝えて下さい。
狼冶にも、総ての英雄にも、
そして、やさしい希望の乙女達にも宜しく伝えて下さい。
(極めて決然と)
私は極楽浄土には逝きません。
聖鎧Brunnhilde
貴方は戦魂選女の死の眼彩を瞻たのです。
貴方は一緒に逝かなくてはなりません。
守誉Siegmund
瑞誉の泣き笑いする許に守誉も生きていたいのです。
貴女の嚇かし屈服すると思いますか?
聖鎧Brunnhilde
貴方が生きている限り、貴方を強いる者は居ない。
然し、死が貴方を覆そうとしている。
この事を知らせに来たのです。
守誉Siegmund
今日、私を屠る勇士は誰です?
聖鎧Brunnhilde
戦いで豺章が斃すのです。
守誉Siegmund
私を斃すには豺章より強い力が必要です。
貴女が如何しても生贄が欲しいなら、その者を選びなさい。
豺章は私が殪します。
聖鎧Brunnhilde
(首を振りながら)
狼紋の子よ!
よく聞いて下さい!
貴方が選ばれる運命なのです。
守誉Siegmund
この剣を知っていますか?
これを作った人が私に勝利を保証しているのです。
その様な運命に従うわけには行きません。
聖鎧Brunnhilde
(強い高められた声で)
嘗て、そうで在ったかも知れません。
今や、その剣を授けた本人が貴方の死を定めたのです。
そして、彼が剣の力を奪うでしょう。
守誉Siegmund
(激しく)
静かに!眠る女を妨げないで下さい。
悲しい事だ。可愛い妻よ!
真心溢れる可哀相な妹よ!
お前を寂滅そうと世界は謀らんでいる。
お前が信じる兄はどんなに世界で逆らっても妹を守る事さえ出来ないのか。
勇ましい妻を戦で裏切るのか?
この剣を作った人に恥を知れ!
かの人は勝利の代わりに辱めに塗れさせようとしているのか!
喩え死すとも、私は極楽浄土には逝かない。
冥界の女主人よ!この身を捧げるぞ!
彼はジークリンデの上に深く身を屈める。
聖鎧Brunnhilde
(感銘を受け)
永えの清歓を欲しいとは思わないのですか?
(躊躇いながら控えめに)
貴方の許に居る襤褸々々の女性が総てなのですか?
それ以外何も貴いものは無いと言うのですか?
守誉Siegmund
(苦々しげに彼女を見上げながら)
貴女の姿は妖蠱しく燦めいていますが、
貴女の心は冷たく冥い事を知りました。
残酷で無情な女よ!
此処から立ち去って下さい。嘲笑するがいい。
私の悲しみをその糧として心満たすが良いでしょう。
極楽浄土の空虚な話はもう結構です。
聖鎧Brunnhilde
貴方を苦しめる悲痛を感じます。
勇士の聖なる悲嘆を感じます。
守誉!妻を私に委ねなさい。
私が貴方の妹をお守りします。
守誉Siegmund
いたいけな妻の生きているうちに触れるのは私だけ。
私が妻を守る事すら出来ぬなら・・・
此処に眠る妻を殺そう!
聖鎧Brunnhilde
(益々感動して)
狼紋よ!お止めなさい!
私の忠告を聞きなさい。
瑞誉に宿る愛の証の為、妹を私に委ねなさい。
守誉Siegmund
(彼の剣を抜きながら)
この剣は誠心を弄ぶ人によって作られ、
この剣は敵を目前にして裏切る。
敵を葬る事が出来なければ、せめて味方を葬る事に役だてよ!
苦境剣よ!
お前の目の前に在る二つの命を刈り取れ、 |
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憎悪の剣よ!
一撃の許に生命を奪え!
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聖鎧Brunnhilde
(激しい同情の念に襲われて)
止めよ!狼紋!
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聞いて下さい。
守誉、瑞誉共に生きてください!
戦いの結末を変えましょう。
守誉!
私は勝利と祝福を約束しましょう。
遠く背景から、角笛の呼びかける響きが、聞こえる。
あの音が聞こえますか?
勇士よ、仕度しなさい!
貴方の剣を信じて渾身の力を込めて戦いなさい。
剣が貴方を守るように、戦魂選女が貴方を護ります。
守誉ごきげんよう。
英たる勇士よ!
戦いの場で会いましょう!
彼女は素早く立ち去り、馬と共に左手の脇の谷へ消える。ジークムントは嬉しそうに昂然と彼女を見送る。
舞台は次第に暗くなる。濃い雷雲が背景に降りてきて山の壁や、高い尾根を、次第に完全に蔽っていく。
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