第三幕
第一場
岩山の頂上
舞台右手は、樅の林で区切られている。左手には、岩窟の入り口があり、其処には、自然の広間を形作っている。その上の方には、最も高い岩の頂が、聳え立っている。
舞台後方には完全に展望が開けた状態で、其処から様々高さの岩がみえる。それらが斜面の端をその斜面は急な坂になっている様に見える。幾つかの雲の流れが、嵐に追われるように、岩の橋を通り過ぎる。
ゲルヒルデ、オルトリンデ、ヴァルトラウテ、シュベルトライテの四人が完全なる武装状態で岩の頂の上や岩窟周辺に、腰掛けている。
ゲルヒルデは厚い雲流れ出でいる最も高い位置に居て、背景に向かって呼びかける。
槍彌Gerhilde
ホヨトーホー!ホヨトーホー!
ハイアハー!ハイアハー!
兜代ここよ!
此処に馬を寄せて。
兜代の声Helmwiges Stimme
(背景で)
ホヨトーホー!ホヨトーホー!ハイアハー!
雲の中で電光が煌く。その光の中に、馬に乗った一人の戦魂選女が見える。その鞍一人の斃れた戦士が載せられている。その姿で、次第に近付き、岩の端を左から右へと通り過ぎる。
槍彌、闘緒、刃名子Gerhilde,Waltraute,Schwertleite
(近付く者に向かって、呼び掛けながら)
ハイアハー!ハイアハー!
(近付くその姿を包んでいた雲は、樅林の後へ消える。)
弓子Ortlinde
(樅林に向かって呼び掛けながら)
弓子の馬の傍に、貴女の馬を寄せるといいわ。
貴女の栗雄は私の鳩羽姫と草を食むのが好きなのよ!
闘緒Waltraute
(樅林に向かって呼び掛ける)
貴方の鞍の上に居るのは誰?
兜代Helmwige
(樅林から現れる)
ジントールトよ!ヘゲリング家の。
刃名子Schwertleite
それなら、栗雄を近づけない方か良くてよ。
弓子の鳩羽姫はイルミング家のヴィテッヒを背負っているもの。
槍彌Gerhilde
(少し近くへ降りて来る)
ジントールトとヴィテッヒは仇敵の間柄だったわよね?
弓子Ortlinde
(吃驚して)
ハイアハー!
栗雄が鳩羽姫をどついているわ!
(彼女は樅林へ走る。ゲルヒルデ、ヘルムヴィーゲ、シュベルトライテは大声で破顔う。)
槍彌Gerhilde
戦士達の戦いが馬までに伝わるなんて凄い物ね
兜代Helmwige
(樅林に向かって叫ぶ)
静かにしなさい栗雄!
平和を破ってはいけません!
闘緒Waltraute
(高い所で、ゲルヒルデに代わって、見張りにつく。右手後方に向かって呼びかける。)
ホイオーホー!ホイオーホー!
克魅!こっちよ!
何処で引っ掛っていたの?
(彼女は右手の方に耳を傾ける)
克魅の声Siegrune
(右手後方から)
沢山仕事があったの。他の皆は?
刃名子、闘緒Schwertleite、Waltraute
(右手後方へ向かって、呼びかける。)
ホヨトーホー!ホヨトーホー!ハイアハー!
槍彌Gerhilde
ハイアハー!
彼女の表情と、樅林の後の明るい光、ジークルーネが丁度其処に到着した事を示す
谷底の方から二人の声が同時に聞こえる。)
兇子、魔騎Grimgerde,Rossweisse
(左手後方で)
ホヨトーホー!ホヨトーホー!ハイアハー!
闘緒Waltraute
兇子と魔騎だわ。
槍彌Gerhilde
二人連れ立ってくるわ。
(左手から通り過ぎるキラキラ光る雲の中に、グリムゲルデとロスヴァイセが現れる。同様に、馬に乗り、戦死者を馬に鞍に乗せている。ヘルムヴィーゲ、オルトリンデ、そしてジークルーネは樅林から出てきて、岩の端から、近付いてくる二人に合流する。)
兜代、弓子、克魅
Helmwige ,Ortlinde ,Siegrune
艶やかな武者ぶりね!魔騎に兇子!
魔騎と兇子の声Rossweisse und Grimgerde Stimmen
ホヨトホー!ホヨトホー!ハイアハー!
(彼女達の姿は樅林の後に消える。)
六人、其の他の戦魂選女Dei sechs anderen Walkuren
ホヨトホー!ホヨトホー!ハイアハー!ハイアハー!
槍彌Gerhilde
(樅林に向かって呼び掛ける。)
中へ送って馬を休ませ、草を食ませなさいな!
弓子Ortlinde
(彼女も同時に樅林に向かって呼び掛ける。)
馬達は離して置いた方が良いわよ!載せている勇者の魂が鎮まるまでね。
(彼女達は破顔う。)
兜代Helmwige
(皆が破顔っている間に)戦士達の怒りはもう鳩羽姫が代わってやってくれたわ。
(皆破顔う)
兇子、魔騎Grimgerde,
Rossweisse
(樅林から出てくる。)
ホヨトーホー!ホヨトーホー!
六人、其の他の戦魂選女Dei sechs anderen Walkuren
ようこそ!ようこそ!
刃名子Schwertleite
勇ましいお姉様方は一緒だったの?
兇子Grimgerde
最初から一緒ということではなくて別々に駆っていたの。
途中で一緒になったの。
魔騎Rossweisse
皆集まったら、そろそろ父上の許に英雄達を運びましょう。
兜代Helmwige
でも未だ八人よ。もう一人は何処?
槍彌Gerhilde
聖鎧は未だ日焼した狼紋の許に居るはずだわ。
闘緒Waltraute
それじゃ待ちましょう。
あの末っ子と一緒じゃないと父上のご機嫌斜めに成るのよ!
克魅Siegrune
(見張りをしている岩の上で)
ホヨトホー!ホヨトホー!
(後方に向かって呼びかける。)
此処よ!此処よ!
(他の戦魂選女達に)
聖鎧が物凄い勢いで来るわ!
八人の戦魂選女Die acht Walkuren
(皆、見張り台へと急ぐ)
ホヨトーホー! ホヨトーホー!
聖鎧!ココ!
(彼女達は次第に不信の念を強めながら、見守る。)
闘緒Waltraute
樅林へよろめきつつ入って行く!
兇子Grimgerde
牙皇があんなに喘いで!
魔騎Rossweisse
あんなに激しく走る戦魂選女は初めて見たわ。
|
弓子Ortlinde
鞍の上に何を運んでいるのかしら?
兜代Helmwige
あれは勇者ではないわ!
克魅Siegrune
生身の人間の女だわ!
槍彌Gerhilde
何処でその女を拾って来たのかしら?
刃名子Schwertleite
聖鎧は私達に挨拶もしない! |
闘緒Waltraute
(下に向かって、呼びかける)
ハイアハー!聖鎧!
私の声が聞こえて?
|
|
弓子Ortlinde
馬を下りるのに手を貸してあげなさいよ!
兜代、槍彌、克魅、魔騎Helmwige,Gerhilde, Siegrune, Rossweisse
ホヨトホー!ホヨトホー!
弓子、闘緒、兇子、刃名子Ortlinde, Waltraute, Grimgerde,
Schwertleite
ハイアハー!
(ゲルヒルデとヘルムヴィーゲは樅林の中へ行く。ジークルーネとロスヴァイセも、彼女らの後を追う。)
闘緒Waltraute
(樅林の中を見詰めながら)
あの強い牙皇が倒れた!
兇子Grimgerde
鞍からその女を抱き起こしている!
弓子、闘緒、兇子、刃名子Ortlinde, Waltraute, Grimgerde,
Schwertleite
あなた!一体如何したというの?
(戦魂選女達は、皆舞台へ帰ってくる。彼女達と共にブリュンヒルデもジークリンデを支えながら導きやって来る。)
聖鎧Brunnhilde
(息切れしながら)
私を庇って!私を助けて!
八人の戦魂選女達Die acht Walkuren
あんなに激しい速さで、あんたは何処から走ってきたの?まるで逃げるみたいに。
聖鎧Brunnhilde
生まれて初めて追われているの!
闘神の父が私を狩り立てて・・・!
八人の戦魂選女達Die acht Walkuren
(非常に驚いて)
あんたは正気なの?話して頂戴!どうしたの?
軍神の父が追っているというの?
父に追われて逃げてきたというの?
聖鎧Brunnhilde
(辺りを不安そうに見回してから再び還ってくる。)
噫呼!お姉様!あの岩の頂から見張っていて頂戴!
父上が北の方から来るはず。
(オルトリンデとヴァルトラウテは岩の頂へ、見張りの為に登る。)
早く!父の姿が見えて?
弓子Ortlinde
嵐の風が北から近付く!
闘緒Waltraute
暗い雲が遠くで湧き起こっている!
其の他、六人の戦魂選女Dei weiteren sechs
Walkuren
(オルトリンデ、ヴァルトラウテを除く)
闘いの父が八極晃天を駆って来る!
聖鎧
Brunnhilde
北から、恐ろしい狩人が怒りに燃えてやって来る!
お姉様!私を守って。この妹を救ってやって下さい!
六人の戦魂選女 Sechs Walkuren
(オルトリンデ、ヴァルトラウテを除く)
この女は如何したの?
聖鎧Brunnhilde
急いで聞いて!
この娘は守誉の妹で花嫁の瑞誉です。
父は狼紋に対し激昂しています。
聖鎧は今日、弟である、守誉から勝利を奪うよう命じられました。
|
|
でも、私は自分の盾で弟を護り父の命に叛いたのです。
そして父上は自らの槍を持って息子を葬り去りました。
私は妹を連れ其処から逃げ出しました。
妹である瑞誉を救う為に此処に来たのです。
(脅えて)
お願い!護って頂戴!
六人の戦魂選女 Sechs Walkuren
(オルトリンデ、ヴァルトラウテを除く)
なんて愚かな事を仕出かしたの?
可哀相な聖鎧!
絶対なる父上の命に叛いたのね?
闘緒Waltraute
(見張っている所から)
北から暗く重い雲が押し寄せて来るわ!
弓子Ortlinde
(同じく見張っている所から)
憤怒の嵐が迫り来る。
魔騎、兇子、刃名子Rossweisse, Grimgerde, Schwertleite
八極晃天が猛々しく嘶く。兜代、槍彌、克魅Helmwige, Gerhilde, Siegrune
あんなに激しく喘いで。
聖鎧Brunnhilde
父上がこの妹を見つけたら総て御終いです。
父上は総ての狼紋を滅ぼそうとしているのです。
この妹を安全な所まで運ぶため誰か馬を貸して頂戴!
克魅Siegrune
私達まで父上に逆らえと言うの?
聖鎧Brunnhilde
魔騎お姉様!
お姉様の駿馬を貸して下さい。
魔騎Rossweisse
私の馬だって闘神から逃げられないわ。
聖鎧Brunnhilde
兜代お姉様聞いて!
兜代Helmwige
私は父上には逆らわないわ。
聖鎧Brunnhilde
兇子姉さん、槍彌姉さん!
お姉様の馬を下さい。
刃名子姉さん、克魅姉さん!
可哀相だと思って力を貸して下さい。
お願いです。この妹子を助けてください。
瑞誉Sieglinde
(此れまで憂鬱に冷淡に、前方を見詰めていたが、ブリュンヒルデが、彼女を庇うように強く抱き締めると、拒絶するような身振りで、急に立ち上がる。)
私の為に苦しまないで下さい。
唯、死のみが私には相応しいのです。
|
少女よ、誰が私を連れ去れと命じたのですか?
あの嵐の中、夫を殺した同じ刃を以って死ねたものを・・・
そしたら兄上と一緒に死ねたものを・・・
守誉から離れ、
いえ、守誉から離され。
私の望む死が私を亡くしてくれれば良いのに。
貴女を怨まなくて良いようにこの心臓に剣を刺してください。
其れが願いです。
|
聖鎧Brunnhilde
(強く、迫りながら)
愛のため、守誉のために、生きるのです。
貴女はもう独りではないのですよ。
守誉の愛が貴女の子宮に宿っているのです。
瑞誉Sieglinde
(最初、激しく驚く。そして直ぐに、彼女の貌は崇高な清歓に耀く。)
勇敢なる女よ!助けてください。
娘さん達にお願いします。
どうか私の子を護ってください。
(次第に暗くなり、嵐が後方に立ち込める。雷鳴が近付く。)
闘緒Waltraute
(見張り所から)
嵐は近い!
弓子Ortlinde
(同じく見張り所から)
其れを恐れる者は逃げなさい!
六人、其の他の戦魂選女Dei sechs anderen Walkuren
その娘を早く逃がしなさい。危険が迫っています。
戦魂選女は誰も助けないわ!
瑞誉Sieglinde
(ブリュンヒルデの前に跪いて)
娘さん私を助けて下さい。
この子を救ってください。
聖鎧Brunnhilde
(覚悟を決めジークリンデを抱き起こす)
では一刻も早く此処からお独りで逃げなさい。
私は此処に踏み止まって天帝の怒りを引き受けます。
私が防波堤となっている間に逃げて下さい。
瑞誉Sieglinde
どちらへ行ったら良いのですか?
聖鎧Brunnhilde
東の方へ行ったのは誰かしら?
克魅Siegrune
東の奥には巨人奇衝嶽が土鬼の宝を持ち込んだ深い森が広がっていてよ。
刃名子Schwertleite
あの荒くれは大蛇に姿を変え、洞窟の中で冥き王の指環を守っています。
兇子Grimgerde
身寄りの無い女にとって、其処は危ない所・・・
聖鎧Brunnhilde
でも、其れだからこそあの森は強い大神でさえも恐れ忌み嫌うのでしょう。
寧ろ、その森ならば父上の怒りからきっと守ってくれるはず。
闘緒Waltraute
(見張り所から)
父上が恐ろしい勢いで登って来ます。
六人の戦魂選女 Sechs Walkuren
聖鎧!聞こえるでしょうあの音が!
聖鎧Brunnhilde
(ジークリンデに、方向を示しながら)
東に行くのです。
勇気を出して頑張るのです。
飢えや渇きも、茨や岩道も、苦しみや、悲しみも貴女を苛むでしょう。
でも笑って耐えるのです。
唯此れだけは忘れないで欲しいの。
至高の崇高なる英雄が貴女に宿っている事を。
(彼女は鎧の下からジークムントの剣の破片を取り出し、ジークリンデに渡す。)
霊剣の破片をお返しします。
生まれ出る子の為に大事にして下さい。
守誉の戦場から大切に持って来た物です。
此れを何時か鍛え直し振り上げる子の名をあげましょう。
“英誉”
勝利を喜ぶ人で在ります様に。
瑞誉Sieglinde
(非常に感動して)
おお!何と言う奇蹟でしょう。
素晴らしい女性よ!
誠実なあなたに感謝します。
あなたの思いが私達を救い守るでしょう。
私の感謝が貴女を守るように願うばかりです。
さようなら!
瑞誉の陣痛が貴女に幸あらんことを!
彼女は舞台前面を左手へ急いで走る。
岩の高い所は、黒い雷雲で覆われる。恐ろしい嵐が、舞台後方から吹き付け、次第に明るくなる焔の光が、右手に現れる。
統智の声Wotans Stimme
其処を動くな!
聖鎧!
(ブリュンヒルデは、暫くジークリンデを見送った後、舞台後方へ向き樅林を見詰める。
して再び不安そうに、舞台前方へ来る。)
弓子、闘緒 Ortlinde, Waltraute
(見張り所から降りながら)
父上が参られたわ!
八人の戦魂選女達Alle acht Walkuren
可哀相な聖鎧!
父上は恐ろしい形相でいらっしゃる。
聖鎧Brunnhilde
ああ!お姉様。助けて頂戴。
お姉様が父上を宥められ無くば、私は滅せられてしまう。
八人の戦魂選女達Die acht Walkuren
(不安そうに、岩の頂上へと逃げる。ブリュンヒルデも彼女等を追っていく。)
此処に来なさい。見えない様に隠してあげる。
父上の呼び声に返事をしないで。
(彼女達はブリュンヒルデを自分達の中に隠し、不安そうに、樅林のほうを見詰める。
其処は、今や、眩い焔の光に照らされて居るがその後方は全く暗くなっている。)
恙!恐ろしいこと!
父上は馬から跳び下りました。
怒り燃え足音高く・・・
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