第二幕
第1場
荒れ果てた岩山。
舞台の背景には、谷がしたから昇ってきており、其の侭高い尾根へと続いている。
この尾根から、舞台前景へと低く傾斜している。
ヴォータンが戦いの為の武装をして、槍を手にして立って居る。
彼の前にはブリュンヒルデがヴァルキューレの姿で武装して立っている。
統智
Wotan
勇ましき娘よ!
馬の手綱を持て!
之から激しい戦いが始まるぞ。
聖鎧よ!
狼紋に加勢に行き、我息子に勝利を齎せ!
豺章は己の運命を受け入れるしかないのだ。
天招殿にも不要だ!
では、急ぎ支度し戦場に駆れ!
聖鎧
Brunnhilde
悦喜の声を上げながら、右手の高い所へ向かって岩から岩へと跳ね回る。
ホヨトーホー!ホヨトーホー!
ハイアハー!ハイアハー!
ホヨトーホー!ホヨトーホー!
彼女は高い岩の頂きに立ち、背後の谷を見下ろし、そしてヴォータンの方に振り向いて、呼びかける。
父上、謹んで申し上げます。
戦の準備は宜しいですか?
激しい嵐に立ち向かう事と成りましょう。
父上の妃でいらっしゃる、護朔様が牡羊の輿に乗って、
間も無く此処に御着きに成ります。
お妃様、其れはもう凄まじい剣幕で・・・
金の鞭を振り回し、可哀相な羊達は恐れ喘ぎ、
車輪は音を軋ませ―――まあ、恐ろしい!
勇敢な男達の戦いは私の臨む所ですが、この様な戦いは御遠慮致します。
私の出る幕では有りませんので、喜んで父上を見捨てます。
お一人で頑張って嵐に耐えてください!
ホヨトーホー!ホヨトーホー!
ハイアハー!ハイアハー!
ハイアハ―ハー!
ブリュンヒルデは脇の方にある山の後方へ姿を消す。
二頭の牡羊に牽かれた車でフリッカが谷から尾根へ到着する。其処で彼女は急に車を止めて降りる。彼女は前景のヴォ―タンの所へ、激しく歩み寄る。
統智
Wotan
(フリッカが自分の方へ来るのを眺めながら呟く)
いつもの嵐だ!
いつもの厄介事だ!
だが、此処で確り踏み止まらねばならぬ!
護朔Fricka
(近付くにつれ彼女は歩みを緩め、威厳を持ってヴォータンの前に立つ。)
私から逃れ、何処に隠れようとも、私の眼は誤魔化せませんよ!
貴方は私を救済しなければ成りません!
統智Wotan
護朔の悩み事を述べるが良い。
護朔Fricka
私は豺章の禍を知りました。
かの人間は私に復讐を祈願したのです。
夫婦の契りを守る私はその者の願いを聞き入れる事にしました。
在ろう事に夫を辱める破廉恥な二人の行為を見逃す訳には行きません!
統智
Wotan
あの二人がそんなに悪い事をしたと思うのか?
春に愛されつつ結ばれたのだ。
愛が春を呼び二人は愛に魅せられたのだ。
愛の力のした事を私に償えと言うのか?
護朔
Fricka
まるで莫迦か、何も聞いていない振りを為さりますけれど・・・
神聖な婚姻の契りが破れたのを知らないとは言わせませんよ!
統智Wotan
愛無くして結ばれた婚姻等はとても「犯すべからず」とは言い難い。
とは言え、あの二人の愛はお前の意向を大きく逸脱しているゆえ、儂も敢えて守ろうとは思わない。
常ならざる、大きな力が働いたのだ。
お互いに姑息な事を止めようではないか。
護朔Fricka
不貞を貴方が賛美するのであれば、
いっそのこと姦通は合法と為さったら如何です。
讃えよ近親相姦!称えよ双子の性交!
私の心は嫌悪に震え、頭は眩暈を起します。
兄が妻として妹を抱く!
妹が夫として兄を愛するとは!
いつの時代にあったでしょうか?
統智Wotan
今日お前は其れを見たではないか?
今まで体験した事の無い事象でも其の侭受け取るべきだ。
二人が愛し合っているのは動かせない事実だ。
見たとおり受け入れ守誉と瑞誉を祝福してくれまいか?
護朔Fricka
(激しく怒りを爆発させて)
貴方があの穢らわしい狼紋族を御創りに成ってから、神々の終焉が来たのです。
明快と言いましたが私の言葉は間違っていますか?
高き一族の事は貴方にとって如何でも良い事。
昔貴方が尊んだ物も自ら棄ててしまう。
貴方自身が結んだ絆を自ら破り捨ててしまう。
天の禁法を笑って解いてしまう。
あの業深き双子が己の欲するが如く振舞うのも貴方の浮気の所為です。
貴方自身が壊してしまった夫婦の誓いの為、如何して私が堪えねば成らぬのでしょう。
貞節な妻を貴方は常に欺き、次から次へと好色の眼を光らせる。
身を欲情に任せ、私の心を嘲り、苦しめる。
あの性悪な娘達と共に戦いにお出かけになる時こそ、私は我慢しなければ成らなかった。
この娘達こそ貴方が欲情の赴くままに、あの女に産ませたのです。
でも、その頃の貴方は私を恐れ、
戦魂選女達と貴方の希望の花嫁たる聖鎧さえも私に従順を誓わせましたわね。
でも、貴方は狼紋と言う新しい名前が気に入り、まるで狼のように森を彷徨する始末。
貴方は最低の羞じに身を染め、そして雌狼の仔らを妻の足元に投げつけました。
どうぞ御勝手にしなさい。
とことん裏切られた妻の品位に傷を衝けるが良いでしょう。
統智Wotan
(静かに)
「敵を欺くには先ず味方から」と言う事を解って貰おうと思ったがお前は理解しなかった。
ただ既存の普段から慣れ親しんでいる事だけを理解しようとする。
これから起こる事に注目して欲しいのだ。
一つだけ聞け!
独りの英雄が必要なのだ。
その者は神の保護から離れ、神の宿めに囚われず、
神々が働きかける事の出来ない行為を成す者なのだ。
護朔Fricka
随分と御大層な言って煙に捲こうとしているようですけれど。
神々が出来ない様な尊い事が英雄に出来ると言うのでしょうか?
神々の恩寵在ってのこその英雄であるのに。
統智Wotan
彼ら自身の勇気を認めようとはしないのか?
護朔Fricka
誰が人間に命を吹き込んだのです?
誰が莫迦者に智恵を与えたのです?
貴方の鼓舞により人は努力をするのです。
貴方の保護が在ってこそ人間も強そうに見えるのです。
貴方は永遠の神である私を自分の作品である人間によって冒涜しているのです。
次から次へと新しい嘘で私から逃げようと為さっていらっしゃいますけれど・・・
この狼の血に到ってはそう問屋が卸しません!!
この者共は、貴方の力添えで今ややりたい放題ですから。
統智Wotan
(茫然自失状態で)
守誉は過酷な運命の中、自ら成長したのだ。
私は保護した覚えは無い。
護朔Fricka
では、今日も保護することを止めていただきます。
貴方が与えたあの強い剣をあの者から取り上げてください!
統智Wotan
剣だと?!
護朔Fricka
そう、剣です。
神たる貴方が息子に与えた神代の剣です。
統智Wotan
(激しく)
あれは自らの力で・・・
(抑え付けた震えた声で)
死地に在って勝ち得た物だ。
(此処からヴォータンの総ての仕草は次第に募る不機嫌の気持ちを表す。)
護朔Fricka
(熱心に続ける)
その死地も剣同様、貴方がお膳立てしたのです。
昼も夜も見張っている私が騙せるとお思いですか?
貴方は息子の為、剣を幹に刺したのです。
そしてその霊剣を息子に約束したのです。
貴方の神仕組みによってあの者が剣を得るように仕向けたのを否定なさるつもりですか。
(ヴォータンの表情は怒りへと変わるフリッカは自分が大神に与えた影響に自信を深める。)
傀儡は傀儡師とは争いません。
罪人を罰するのは自由な者だけです。
私も貴方と争っても良いのですが・・・
但し守誉は別です。
(ヴォータンは新たな激しい怒りの表情を示す、その後自らの無力を感じ沈み込んでいく。)
守誉は私にとって奴隷に過ぎない。
貴方の操り人形に永遠の妻である私が従わねばならないのですか?
最も卑しい者の辱めを私は受けねばならぬのですか?
厚顔無恥なる者をして高邁なる者を嘲けさせるのですか!
我夫はその様な事をする筈が無い!
よもや女神にその様な恥をかかせる筈が無い。
統智Wotan
(暗く)
何が望みだ・・・・?
護朔Fricka
狼紋から手を引いて下さい。
統智Wotan
(抑圧された声で)
儂は加担しない。
護朔Fricka
では、仇討する者が、あの穢らわしい者に戦いを挑んだとき味方しないで頂戴。
統智Wotan
儂は味方しない。
護朔Fricka
私の眼を見て話して頂戴。嘘を吐いても駄目!
戦魂選女も守ってはいけません。
統智Wotan
戦魂選女は無関係だ。
護朔Fricka
いいえ!あの娘は貴方の意志を映す鏡の様な物。
守誉の勝利を禁じてください!
統智Wotan
(激しい内面の戦いを遂に爆発させて)
守誉が破れる運命に出来ない!
私の剣が其れを受け入れぬ!
護朔Fricka
ならば、剣から神代の霊力を奪いなさい。
砕けてしまう様にするのです。
丸腰で対決させるのです。
聖鎧Brunnhilde
(まだ姿を見せず。高い所から)
ハイアハー!ハイアハー!ホヨトーホー!
護朔Fricka
そら、貴方の勇敢な娘が来ましたよ。
まぁ、得意げに飛龍を駆って!
統智Wotan
(沈んだ声で独り言のように)
守誉の為に馬に乗って来いと命じたのだが・・・
聖鎧Brunnhilde
(同様に)
ハイアハー!
ハイアハー!
ハイオホトヨー!ホトヨハー・・・・!?
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ブリュンヒルデは、右手の岩山の道に彼女の馬と共に現れる。
フリッカに気付くと、彼女は急に足を止め、次の遣り取りの間に,
静かに緩りと彼女の馬を、山道を牽いて下りてくる。そして洞窟の中に馬を隠す。
護朔Fricka
今日貴方の永遠の女神である妻の神聖なる名誉が確り守られますよう。
今日あの娘によって私の権利が守られますよう。
其れが叶わねば我々神々は力を失い、人間から嘲笑を受け滅びて行くでしょう。
狼紋は私の名誉の為、斃れなければなりません。
誓えますか統べる大神統智!
統智Wotan
(恐ろしい不機嫌と心の中の怒りに駆られて岩の玉座にへたり込む。)
儂は誓う・・・
誓ってやるとも!
(フリッカは背景の方へ進む、其処でブリュンヒルデと遭い一瞬彼女の前で立ち止まる。)
護朔Fricka
(ブリュンヒルデに向かって)
戦武の父が貴女を待っていますよ。
どの様な運命を選んだか良く聞いてみることね。
彼女は待機してあった車に乗り急いで去る。ブリュンヒルデは心配そうな表情で、ヴォータンの前に歩み寄る。ヴォータンは石の玉座の背に凭れ掛かり頭を両手で蔽い憂鬱に、もの思いに沈んでいる。
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