第三場
様々な方向から深紅色の光が射している。見通せ無い程遠くまで続いている地下の坑道が見える。更にあらゆる方向に坑道が通じている。
アルベリヒがミーメの耳を引っ張りながら出てくる。
魔太夫Alberich
へへ!へへ!こっちだ小狡黠奴め!
おいらの言ったとおり細工物を仕上げていないとうんと酷い目に遭わせてやるぞ。
傀尖Mime
哀哉!痛い!痛い!放してくれ!
兄貴の言う通り出来上がっているから。
どうか耳から爪を放してくれ。(鋭く)
魔太夫Alberich
(放しながら。)
愚図愚図せず早く見せろ。
傀尖Mime
不備が無いか確かめているンだ。
魔太夫Alberich
何処が出来ていないンだ。
傀尖Mime
(困惑して)
此処が・・・ん・・・其処が
魔太夫Alberich
此処が、其処がって、何をふざけた事を言っているンだ。
とっとと寄越せ!
(もう一度アルベリヒはミーメの耳を引っ張ろうとするのでミーメは驚いて持っていた細工物を落とす。アルベリヒは其れを拾い上げ綿密に点検する。)
見ろ!狡黠奴だ。命じたとおりに出来上がっているじゃないか?
騙そうたって、駄目だ!
お前の企みは先刻承知だ!
彼はその細工物を鎖兜として頭に載せる。
頭巾はピッタリだ。力も現れるかな?
(非常に小さな声で)
「夜と霧の様に誰にも見えるな」
(彼の姿は消えその代わり霧が柱の様に立ち昇る)
弟よ、おいらが見えるか?
傀尖Mime
(不思議そうに辺りを見回す)
何処に居るンだ?俺には見えんが・・・・
魔太夫Alberich
(姿を見せず)
それなら手で触ってみろ!この間抜けめ!
之が貴様の報酬だ!
傀尖Mime
(鞭で打たれて叫び声を上げ、身をよじる。音は聞こえるが鞭は見えない。)
痛い!あいた!哀哉!
魔太夫Alberich
(姿を見せず笑いながら)
間抜けめ!有難うよ!
お前の仕事振りは最高だぜ!
言いか良く聞け!
総ての土鬼の者共。
この魔太夫に頭を垂れろ。
お前達を見張る為、おいらは姿を隠す魔力を手に入れた。
休息は勿論出来ないし、常に働かねば成らん。
其処に?が居なくても居ると思わねば成らぬ。
お前らはおいらに逆らう事は出来んのだ。
それ!ほれ!気を付けろ。
土鬼の王が近付くぞ。
(霧の柱は消え、アルベリヒの荒々しい声が段々遠くなる。叫び声が其れに応えていたが其れも徐々に聞こえなくなる。ヴォ―タンとローゲが谷を通って降りて来る。)
虚火Loge
此処が滞臓界です。
青白い霧の中で何故火花が散っているのでしょう。
傀尖Mime
痛い!痛い!
統智Wotan
大変なうめき声だ。
岩の所に居るのは誰だ。
虚火Loge
(ミーメの方に身を屈めて)
一体何をうめいているのだ。
傀尖Mime
咄!・・・・・痛い!痛い!
虚火Loge
おいおい、傀尖!元気な侏儒よ!
何をそんなに痛がっているンだい。
傀尖Mime
放ってといてくれ!
虚火Loge
何ね、邪魔する積りは無いよ。
其れどころかお前を助けて上げようと思ってさ。
傀尖Mime
誰が助けてくれるというンだ。
あの鬼畜の様な兄貴に何でもかんでも従わずにはいられないという枷を填められていると言うのに。
虚火Loge
お前に枷を填めるとは、彼奴はどんな力を得たのか?
傀尖Mime
魔太夫が悪智恵を働かして珠黄金を作ったからよ。
その魔力の強さには皆震え上がり、その恐怖を持って土鬼闇の軍を支配しているンだ。
愁い知らずの俺等が作っていたのは美しい細工物、
女共が喜ぶ装飾品。
土鬼の弄び物の工作を楽しんで居たンだ。
今やあの悪党の為坑へ入らされ奴だけの為に働かねば成らぬ。
あの指環の力で坑内の何処に新鉱が潜んでいるかを探し当て、
俺等は奴の為其れを掘り出し、獲物を溶かし、鋳物を鍛え、休む暇も無く彼奴の宝を積み上げなければいけないンだ。
虚火Loge
それでお前は彼奴からどやされているンだな?
傀尖Mime
この俺が一番酷い目に遭わされたンだ。
惨めなものさ。
頭巾を作れと俺に命じ、その作り方を詳しく指示した。
俺はそいつが鉱金から仕上がって行く時、
そいつには恐ろしい魔力を秘めている事に気が付いた。
だからその頭巾を俺の許に留めて、
その力を利用して奴の圧制から逃れようと思った。
若しかするとその力を使えば、奴の裏を斯いてあの指環を奪えるかも知れないと思ったのよ。
現に俺が奴隷と成っているように彼奴を俺の奴隷にする積りだったンだ。
虚火Loge
悧巧なお前が如何して失敗したンだ?
傀尖Mime
実は、作った俺本人にもどの様な力を持っているか解らなかったンだ。
奴はそいつを作らせ、俺からそれを奪い実際やって見せたンだ。
今では後の祭りに過ぎん!
そいつには強い魔力を宿して居やがったンだ。
眼の前で姿を消し、見えなくなったその腕で痣の出るまで打ったンだ。あん 畜生め!
(泣いたり喚いたりしながら。)
莫迦な俺は品物の代金にそんなものを貰ったンだ。
虚火Loge
(ヴォータンに)
如何です?こんな調子ですとムズイですぜ。
統智Wotan
お前の知略が在れば、何とか成るだろう。
傀尖Mime
(神々が笑ったのに不思議がって、この二人を注意深く見詰める。)
色々尋ねるが、アンタ方は誰なンだ?
虚火Loge
お前の友人さ。土鬼の人々を救済に来たのだ。
傀尖Mime
(アルベリヒが近付くのを聞きつけ震え上がる。)
気を付けて!
魔太夫が来る!!
統智Wotan
では此処で待つとしよう。
ヴォータンは、静かに石の上に腰掛ける。ローゲは彼の傍に寄り掛かる。
隠れ兜を頭から外し、腰に下げたアルベリヒが、鞭を振り一群のニーベルング族を追い立てながら、下の方の谷から上がってくる。このニーベルング族は、いずれも、金や銀の細工物担担いでいる。彼らはアルベリヒに絶え間なく強制されて、それを積み上げ、宝の山を築く。
魔太夫Alberich
此処へ持って来い!
あそこへ持っていけ!
早くしろ!!
愚図愚図している、奴等だ。
その宝は其処に積むンだ。
そいつは上だ!!
役に立たない奴等だ。
その細工物を下ろせ。俺に手伝わせる積りか?
皆此処に持って来い。
(彼は神々に気付く)
おい!其処に居るのは誰だ?
傀尖こっちへ来い、怠け者が!
こいつ等とくっちゃべっていやがったのか?
さっさと仕事に戻れ、休むなよ。
(彼はミーメを鞭で打ちながら、土鬼族の方へ追いやる。)
オラ、オラ、野郎共仕事に就け。早く降りて行け。
新しい抗から金を掘り出すンだ。
一生懸命掘らんと鞭が飛ぶぞ。
オイ!傀尖、怠け者が出ぬよう確り見張れ!
さもないと、どうなるか解っているな?
誰も気付かぬ所や、何処にでもおいらはいる。
その事を良く肝に銘じている筈だぞ?
貴様らまだ愚図愚図してやがる。
(彼は指環に接吻しそれを威嚇するように突き出す。)
家来共よ、恐れろ!
指環の主の命令だ!
(ミーメ其の他の土鬼族は泣き叫びながら、四方に散り坑道の中に消える。)
(ヴォータンとローゲを不信そうに長い間眺める)
やんごとなき方々!何しに来た?
統智Wotan
近頃、滞臓界で面白い噂話を聞いた。
この国で魔太夫という男が不思議な力得たといので、物見遊山しに参ったのだ。
魔太夫Alberich
滞臓界へ来たのは宝が欲しいから来たのだろう。
おいらにはお前らの正体が解っているぞ。
虚火Loge
誰だか判っているって?
恩知らずな妖怪よ。
お前が罵っている私が誰だか言ってみろ!
お前の所に私が貌を見せなかったら、光や熱を誰から貰えると言うのだ。
鍛冶仕事に私抜きでは炉は熱くならんぞ。
私はお前の友達だぞ、そんな挨拶の仕方は無いだろう!
魔太夫Alberich
光の精におべっかを使う蝙蝠野郎である事は確かだ。
前はおいらの友達だったが、今じゃあっちの仲間入り。
ヘッヘへ!其れも良いだろう。
お前の仲間も怖くないぞ。
虚火Loge
それなら私のいう事を聞いてくれないかい。
魔太夫Alberich
お前の不実は東から太陽が昇るくらい忠実に不実だ
(挑発的な態度で)
それに、お前達に遠慮する謂われは無い。
虚火Loge
スンバラしい勇気だ。
しかも実力も備わっている。
魔太夫Alberich
おいらの手下共があそこに積み上げた宝の山を見たか?
虚火Loge
あんな凄いのはトンと見たことが無い。
魔太夫Alberich
あれは今日の分でほんの小さな山だが将来恐ろしい勢いで大きくなって行くンだ。
羨ましいだろう。
統智Wotan
貴公の宝は一体何の役に立つのか?
喜悦の無い滞臓界では何と使い道が無いではないか?
|
魔太夫Alberich
宝を堀、宝を隠すには滞臓界の闇が一番だ。
洞窟の闇の中で一つの奇跡を起こすのさ。 |
――その宝で世界を我が物にするのだ。
統智Wotan
ほほぅ。してどの様にやる積りか?先輩よ! |
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魔太夫Alberich
あんた方は微風吹く天上界で笑ったり、恋したり、安逸に暮していらっしゃる。
が、おいらは黄金の拳を以って神々をひっ捕まえてやるンだ。
其れはおいらが愛を拒んだ如く、あんた方は黄金に獲り憑かれ、焦がれて、生きとし生けるものを拒まなければ往けなくなるのさ。
天上の世界で愉しく脳天気な生き方をしているあんた方。
闇の精を見縊るなよ!
気を付けるがいい!
あんた方男が先ずおいらの勢力に征服される。
次に女共がおいらに跪かない様であれば、力ずくで犯し、手下共に払い下げて輪姦させてやる。
(恐ろしげに破顔う。)
ハハハハハハハ!
よく聴いたか?
気を付けるがいい。
闇の軍勢に脅えよ。
冥黒世界の土鬼の宝が陽の世界を掠奪する。
統智Wotan
(激昂して)
おのれ!聞き捨てならぬ!
成敗してくれよう。
魔太夫Alberich
何だと!オラ!
虚火Loge
(二人の間に割ってはいる。)
まあ!そんなに熱くならずに。
(アルベリヒに向かって)
お前さんの仕事振りは実に大した物さ。
誰もが驚くダロウネェ。
若しその計画通りそのお宝で成功しようモンナラお前を世界一の強者と讃えて上げよう。
月や星、太陽までもお前さんに遵うしかなくなる事も保障して上げよう。
だが其れには土鬼族の忠誠が一番大切だと思うよ。
確かにお前さんが一度指環を振れば彼奴等も震え上がらせよう。
しかし―――
お前さんが寝ている間に盗っ人が忍び寄り、その指環を奪ったりしたら。
そん時きゃ如何防ぐ積りだい。
魔太夫Alberich
お前は自分が一番お頭が悧巧で他は皆莫迦だと思っているいか好けない奴だ。
それでおいらをどうやって嵌めようかと嗅ぎ回っているンだろう。
情け無い奴だ。
おいらは姿を消す頭巾を考えそして傀尖に作らせた。
この頭巾を被ればどんな姿も思いの侭。
姿を消せば捜す事も出来ないし、
何処にでも居るように思わせる事も出来る。
だからそんな無用な心配はしなくても結構だぜ。
虚火Loge
ほほぅ。今まで随分と色んな物を見て来たが、そんな奇跡は信じられん。
そういう類のものは眉唾モノだからネェ。
若し本当に出来るものならば、其れこそお前さんの勢力、権力は無限だろうサ。
嘘八百でなけりゃネェ。
魔太夫Alberich
おいらがお前みたいな嘘吐きだと言うのか?
虚火Loge
まぁ、実際この眼で見ない限り疑うネ。
魔太夫Alberich
莫迦な癖して悧巧ぶりやがって、
威張れるのもその内だ。
死ぬ程羨ませてやる。
どんな姿でお前の前に立てばいいか言ってみろ。
虚火Loge
どんな物でも良いから、
開いた口が塞がらない位驚かせてくれ。
魔太夫Alberich
(兜を被る)
大きな大蛇よ。
とぐろを巻きながら出でよ。
(彼は直ぐに消え、代わって巨大な大蛇がとぐろを巻きながら首を持ち上げヴォータンとローゲに口を開ける。)
虚火Loge
(恐怖に駆られた様子を演ずる。)
オオ!オオ!恐ろしい大蛇だ。
おでを呑ま”ん”でぐで〜!
虚火の命は助けでぐれ!
統智Wotan
ハハハハハハ!素晴らしい。
魔太夫よ、解った。悪党め!
如何やったら侏儒の彼奴が大蛇に成れるのかのう。
なかなか大した物だ。
(大蛇は消え、その代わりアルベリヒが彼本来の姿になって現れる。)
魔太夫Alberich
どうだい!
賢い人達よ、今度は信用するかい。
虚火Loge
私の震えが何よりの証拠。
実に早く大蛇に成った物だ。
こうして眼のあたりに見ると先程の言葉を信じるしかナイョ。
魂消た物、まっこと恐ろしいものだ。
例えばだが、大きな物ばかりではなくて、
小さな物に姿を変えることが出来るのか?
敵に気付かれずにするりと窮地を脱する事が一番賢い事なンだが、其れが亦非常に難しい。
魔太夫Alberich
難しいと思うのはお前のお頭が足りんからだ。
どの位小さく成ればいいんだ?
虚火Loge
極小さな隙間にも蟾蜍だったら入れるぞ。
魔太夫Alberich
そんなので良いのか?
見てろ!
(彼は再び兜を被る)
這い蹲った灰色の蟾蜍よ、這い出せ
(彼の姿が消える。ヴォータンとローゲは岩の間に一匹の蟾蜍が這っているのを発見する。)
虚火Loge
(ヴォータンに)
あの蟾蜍を!
早く捕まえて!
(ヴォータンは足で、蝦蟇蛙を踏みつける。ローゲは頭を抑えて変化兜を取る。)
魔太夫Alberich
(彼本来の姿にもどっているがヴォータンの足元でもがいている。)
糞お!
畜生捕まった。
虚火Loge
私が縛り上げるまで確り掴んでいて下さいヨォ。
彼は皮の紐を取り出しアルベリヒの手足を縛る。縛られたアルベリヒは怒りながらもがく。二入はアルベリヒを捕まえて引き立てていく。
さっ、早く上に帰りましょう。
此処にはもう用は在りません。
彼らは姿を消し、上がっていく
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