第二場
波は緩りと雲に変ってゆく。
少しずつ明るくなる照明が後から差し込んでくると、細かな霧となって辺りは明るくなる。
やがてこの霧が雲となって上方へ完全に消えると、夜明けの光の中に、山上の見通しのよい土地が現れる。
明るくなった日光は次第に輝きながら後方の山頂に立つ、キラキラ光る塔を持つ城を照らす。この城を冠のように戴く山頂と舞台前景の間には深い谷があり其処をライン河が流れていると想定されている。
脇の方に花が咲いている場所にヴォータンとフリッカが横たわり、二人とも眠っている。
城は完全にその姿を現す。
護朔Fricka
(目覚めて城を見て驚く)
統智!夫よ!起きて下さい。
統智Wotan
(夢見ながら静かな声で)
歓喜溢れる殿堂は門や扉に固められ、
男子の誉れと永遠の力が限り無い栄光を我に与えん。
護朔Fricka
(彼を揺り動かす)
起きて下さい。儚い夢の戯れを棄てて起きて考えて下さい。
統智Wotan
(目を覚まし少し身体を起こす。彼の眼は直ぐ城の眺めに引き付けられる)
永遠の覇業此処に至れり。
聳え立つ神々の城の美しさよ。
陽を受け耀き鮮やかなる城よ。
儂の意図其の侭に堅固に、亦、壮麗なる哉。
威厳に誇る、かくも気高い神々しい城よ!
護朔Fricka
私に愁いを齎す事も、貴方には悦喜となるのですか?
城は貴方の慶美ですが、私は妹の事を心配するのです。
暢気に喜んでいないで約束の報酬の事を考えて下さいませ。
城が出来上った事は支払期限が来た事です。
約束の事はお忘れですか?
統智Wotan
城を建てた連中との契約は忘れはしない。
あの神々しい殿堂を建築させる為、強情な連中を懐柔する為に結んだ取り決めだ。
奴らの強い力ゆえに、こんなに早くできたのだ。
報酬の事など心配するに及ばん。
護朔Fricka
何と言ういい加減な人でしょう。いい気なものです。
貴方達の契約の事を前もって解っていたら決してそんな事を許さなかったでしょう。
でも貴方方男神達は私達の意見を聴こうともせず、ひたすら遠避け、あの巨人達と密かに話を着けてしまいました。
厚かましい貴方方は恥とも思わず、あの優しい妹を形にするとはゴロツキ同然です。
貴方方因業な人達にとって神聖で尊い事は権力その物です。
統智Wotan
(静かに)
同じ様な欲望が護朔に無かったとは言えないだろう。
城を建てよと強請ったのは誰だったのかな?
護朔Fricka
貴方が遠くへ出かける時は、私は常に何処かで浮気していないかと心配で、
貴方の心を繋いで起きたいと寂しく考えなければなりませんでした。
立派な住まいや心地よい家庭が貴方を繋ぎ止め家に居て下さるように仕向ける訳だったのに・・・・
処がいざ建築の段階に成ると防備だ堤防だの考えばかり。
支配と権力のための築城となり聳え立つあの城は不安を呼び起します。
統智Wotan
(笑いながら)
妻であるお前が儂を城に留めて置きたいならば、
夫である儂の身体は留めても外の世界を支配することを許してもらわねば。
生きているもの総ては変化をして行くもの。
だから、儂は支配する事を止めるわけには行かないのだ。
護朔Fricka
何て心配ばかりさせる人ね!
権力とか支配とかのくだらぬ事の為、女の愛情を蔑むのですか?
統智Wotan
(真剣に)
お前を妻にする為儂の眼を代償にしたではなかったか?
そう詰るのは止せ。
お前が思っている以上にお前を敬っているのだぞ。
あの気立てが良い悦春は断念するつもりはないし、一度でもそう思った事は無い。
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護朔Fricka
(不安に駆られ緊張して舞台を眺めながら)
逸れなら直ぐに妹を保護して下さい。
不安に脅え救いを求めて走ってきます。 |
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悦春Freia
(急いで逃げながら登場)
お姉様、助けて。
義兄様守ってください。
あそこの岩で曖朧嶺が私を迎えに着たと言っています。
統智Wotan
放っておけ!
処で虚火を見なかったか?
護朔Fricka
何かと言うと貴方は何時もあの男を頼りにする!
今まで随分迷惑をかけられたのに、貴方は亦篭絡されたのです。
統智Wotan
勇ましい勇気が必要な時は誰にも相談しなくても良いが、
老獪な策略が必要なときは敵の考えを利用してしまう虚火が必要だ。
今度の契約では悦春の事も引き受けているからあの男に任せてあるのだ。
護朔Fricka
でもあの男は姿を見せません。
此処に巨人達がやって来ると言うのに。
貴方の番頭は何処にいらっしゃるのでしょう。
悦春Freia
お兄様たちは何処?
私を義兄様は生贄にしょうとしている。
雷拡助けて!陽晴兄さん悦春を助けて!
護朔Fricka
ぐるに成って貴方を騙した人たちは現れやしない!
曖朧嶺と奇衝嶽Fasolt und Fafner
(二人とも巨大な姿で棒を持って登場する。)
曖朧嶺Fasolt
お前達が目を閉じ暢気に眠るとき、我等二人は交睫もせず巨城を築き上げた。
この大仕事は次々と頑丈な石を積み上げ、
倦まず、弛まず、撓まず働き尽くした、嘗て無い巨城作りであった。
戸口や門、大広間など壮大且つ威厳に満ちておる。
(城を指差しながら)
見よ!あの耀き。陽を受け燦然たるあの城を!
さぁ、入城するがいい。そして報酬を払うのだ。
統智Wotan
その報酬を言うが良い。何が欲しいのだ。
曖朧嶺Fasolt
我等が欲しいと思っているのは、すでに約束済みだ。
忘れたとは言わせぬぞ!
あの優しく美しい春の女神悦春だ。
契約どおり連れて行く。
統智Wotan
(素早く)
正気で契約の事を口にするのか?
他の報酬を望め!悦春は手放さない。
曖朧嶺Fasolt
(大いに驚いて、暫く言葉無く立ち竦む。)
何を言うのだ。われ等を騙そうと言うのか。
契約を反故にすると言い張るのか?
お前の槍に刻まれた神威文字は戯言なのか?
奇衝嶽Fafner
(嘲る様に)
正直な兄貴よ!
阿保な頭にもやっとまやかしだと解ったのか。
曖朧嶺Fasolt
お前は光の種族、軽々しく気持ちを変えたがるが、
一つ忠告してやる。
契約は忠実に守れと。
お前の地位も権力も総て契約上でしかない。
今度の取り決めも、お前の力を考えた上でだ。
我等に比べお前は大層賢いさ。
本々自由な我等を縛り付けた位だからな。
若しも、お前が契約を守るつもりが無ければ、お前達の平和を呪い、破ってやる。
智恵廻りの遅い大男から忠告する。悪賢いお前よ、巨人の事は忘れなさんな。
統智Wotan
冗談で決めた事を真剣に取るとはずるい事だぞ。
あの美しい女神が無骨なお前達に何の役に立つと言うのか。
曖朧嶺Fasolt
我等を嘲るのか。莫迦にするンじゃない。
輝かしい御身分のあんた方が石を積む仕事に夢中になり、城や御殿を作る為に女を人質に差し出した事をお忘れか?
今回我等が汗を流して働いたのは、暮し向きは貧しくても、
綺麗な優しい女を女房にもらえると思ったからだ。
今更取引は無効だと言い張るつもりか?
奇衝嶽Fafner
無益らないお喋りは止めろ。
我々は女房が欲しい訳ではないのだ。悦春を抱き込んだ所で、
大した役立つ訳ではないが、悦春が神々の許から去るのが多いにものを言うのだ。
(低い声で)
あの女の庭には黄金の林檎が成るが、其れを栽培できるのはあの女だけだ。
神々の一族はその実を食べるから永遠の青春に恵まれるのさ。
悦春が居なくなれば林檎の実は落ち、樹は枯れ、
神々は老衰して滅んでいくのだ。
だから、悦春を奪うのだ!!
統智Wotan
(独り語で)
虚火は未だか?
曖朧嶺Fasolt
明快返事をして貰いましょうや!
統智Wotan
他の物を考えよ!
曖朧嶺Fasolt
他は駄目だ!悦春だけだ!
奇衝嶽Fafner
(二人はフライアに向かって迫る。)
女!俺達に付いて来い!
悦春Freia
助けて!!この乱暴な人達から助けて!!
陽晴Froh
(フライアを抱きかかえるように)
厚かましい奴!女から離れろ。
悦春此処に!この女神は私が守る!
雷拡Donner
(二人の巨人の間に立ちはだかる。)
曖朧嶺、奇衝嶽!
この雷槌で打って欲しいのか?
奇衝嶽Fafner
そんな脅かしが通用すると思うのか?
曖朧嶺Fasolt
喧嘩する訳じゃない我等の報酬を貰うだけだ。
何か文句が在るのか?
雷拡Donner
お前達ら巨人族には時々報酬を支払った事が在る。
さあ、来い!
この重い雷槌が貴様らの報酬だ。
(ハンマーを振り上げる)
統智Wotan
(槍を争う二人の間に差し示す)
止めよ!!暴力は奮うな!
力では、何も得られぬ。
儂の槍は契約を保護する。お前の雷槌は使っては成らぬ
悦春Freia
嗚呼!悲しいわ。統智は私を巨人の嫁にしようとしている。
護朔Fricka
残酷な人ね!
私には理解できません! |
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統智Wotan
目を転ずるとローゲが来るのが見える
オオ!来たか。
お前に任せたこの懸案を何とか解決しょうと急いで来てくれたのだろう。 |
虚火Loge
(背景の谷から、上に昇って来る。)
えっ!何ですって?
確か巨人達と契約を交わしたのは貴方方では無かったですか?
高い所、低い所が私の活動する場所で、家や世帯なぞ、性にあいませんや。
雷拡さんや陽晴さんは家屋敷の事を考えていらっしゃる。
結婚しようとする二人には家が必要不可欠!!
そして統智様は豪華な宮殿、堅牢な城郭を御望みで。
寝室も、屋敷も宮殿も、そして大広間も実に念入りに堅固に仕上がっておりまする。
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私、虚火が実地に検分してまいりました。
曖朧嶺氏、奇衝嶽氏の両名は実に立派なお仕事をされ、素晴らしい限りです。
こんな私を怠け者と言う人は嘘吐きで御座りまする。 |
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統智Wotan
お前は悪賢く逃げを打つのか?
戯れを止め、忠義を尽くせ!
総ての神々の中で儂だけがお前の友人だ。
信用できぬ連中の中からお前だけを拾い上げたのだ。
今こそ良い智恵を出し、助言しろ。
城の普請を引き受けてた巨人らが悦春を報酬にと言ってきた時、
お前がその美しい担保を受け戻しましょうと言ったから儂は承諾したのだ。
虚火Loge
如何したらその担保を受け戻せるかは十分考えてみましょうと、
お誓いを立てましたが。
如何しても実現不可能で無理そうな事をやりましょうと誓った覚えはありません。
護朔Fricka
ヴォ―タンに向かい
其れ御覧なさいな。
なんと言う食わせ者でしょう。
陽晴Froh
お前の名は虚火だが、これからは嘘吐き名乗れ!
雷拡Donner
忌々しい焔だ!一思いに消してやる。
虚火Loge
自分の羞じを忘れ私に罵詈雑言とは、
何と脳天気な奴らだ。
(ドンナーは、ローゲをぶちのめそうとする。)
統智Wotan
(二人の間に割って入る。)
儂の友人に構うな、放っておけ!
お前達は虚火の技倆を知らな過ぎる。
こいつは智恵を小出しにするが、其れだけに中々値打が在るのだ。
奇衝嶽Fafner
何も小出しないで、さっさと吐き出せ。
曖朧嶺Fasolt
代金を出すのに何と手間取る事よ!
統智Wotan
(ローゲの方に荒々しく向き直り、迫りながら。)
シャンとしろ!強情者め!良く聴け。
お前は一体何処をうろついていたのだ。
虚火Loge
恩を仇で返されるのが私の運命です。
貴方の為に心を砕き、辺りを見回し、
世界を駆けずり回り、巨人達の満足の行く様な、悦春の代わりに成る様なものを捜してまいりましたが――――
無駄足をして漸く私は悟りました。
天下広と言えど女の情以上に男を引き付けるモノは無いのです。
(一同驚いてそれぞれ困惑を示し納得する。)
水中、地中、空の上、生の営みある限り、
彼方此方働き掛け、女の情以上に男を引き付けるモノは無いかと捜したのですが、
尋ねる所、尋ねる所私は笑われる始末。
水中、地中、空の上、女と恋を断とうとは誰も思いますまい。
ただし、此処にたった一人愛を断念した男を見いだしました。
そいつは黄金を得るため女の情を棄てたらしいのです。
ラインの娘達が泣いているのを聞き付け、尋ねた所、
土鬼の魔太夫と言う男がラインの娘に言い寄って撥ね付けられた腹いせにラインの黄金を奪ったのです。
その男は女の愛よりもこの宝の方に価値が在ると言うのです。
大切な黄金を奪われた娘達が統智宗主様にお願いしています。
その盗っ人から黄金を奪い返して下さる様にと。
私は是を伝える約束しましたので、是で虚火の責任がすみました。
陰険でなければ、お前は莫迦なのだ。
儂自身が困っているのに他人の事なんかかまえるか?
曖朧嶺Fasolt
(注意深く聞いていたがファフナーに向かって。)
その黄金は土鬼にはやらんぞ。
あいつ等には度々苦しめられたが、捕まえようとするとするりと逃げる小賢しい奴だ。
奇衝嶽Fafner
黄金で力を得れば、あ奴の事だからきっと仇を企むぞ。
おい!虚火よ。お前嘘を吐かずに教えてくれ!
土鬼が満足する黄金とはどんな物なのか?
虚火Loge
川底に在る内は無邪気な娘の玩弄具に過ぎません――――が、其れが丸い指環に鍛え上げられれば持ち主に無限の勢力を与え世界もその人の物と成りましょう。
統智Wotan
(考え込みながら。)
ラインの黄金の事は密かに聞いて居る。
その赤い耀きの中には不思議な魔力が篭り、其れで指環を作る者には限り無い力と財宝を齎すと言う。
護朔Fricka
(低い声でローゲに)
その黄金細工は女の美しい飾り物と成るかしら。
虚火Loge
ご婦人がその美しい飾り物を淑やかに身に御付けに成れば、
必ずや、旦那様に貞操を守らせる事が出来ます。
指環細工と組み合わせた装飾品として鍛え上げればの話ですが。
護朔Fricka
(媚びる様に。)
ねえ貴方その黄金を手に入れては?
統智Wotan
(次第に魅力を感じながら。)
その指環を宗主である儂が管理するのが良いと思う。
しかし、虚火よ、黄金から細工するには如何すれば良いのか。
虚火Loge
神威文字秘法が指環を作るのに必要ですが、その秘法は誰も知りません。 |
|
但し、愛を断念する人のみが容易くやれるのです。 |
|
(ヴォータンは不服そうに貌を背ける。)
そんな事を貴方はしますまい、亦、したとしても後の祭。 |
|
今や魔太夫がこの魔力を獲得しているのです。
(鋭く)
指環は既に奴の手のモノですぞ! |
雷拡Donner
(ヴォータンに)
その指環を取り上げぬ事には、あ奴は我々を虐げましょうぞ。
統智Wotan
指環は儂の物にする。
陽晴Froh
今なら恋を呪わずとも簡単に手に入りましょう!
虚火Loge
簡単、カンタン、孺子の遊び同然。
統智Wotan
(鋭く)
逸れなら如何すればいいのか?
虚火Loge
掠奪するンです!
泥棒が盗んだものを泥棒から盗み取るのです。
是より他に手が在りますか?
然し魔太夫は頑強に抵抗するでしょうから、
手際良く、抜かり無く事を運ぶのです。
そして、この盗っ人をお裁きになって。
ラインの娘達にあの黄金を取り戻してあげて下さい。
(恩情を見せる)
其れがあの娘達の願いなのです。
統智Wotan
ラインの娘?そんな忠告は何の役に立つのか?
護朔Fricka
肉欲爛れた河の精の事等、聞きたくも在りません!
今まで色んな男を水浴びしつつ、とっかえ、ひっかえ咥え込んだやら。
(ヴォータンは自分自身と闘いながら沈黙して立っている。其の他神々も緊張して視線をヴォータンに向けている。
一方ファゾルトとファフナーは相談している。)
奇衝嶽Fafner
眼にも眩いその黄金は悦春よりも値打があると思う。
黄金の魔力を用いれば永遠の青春さえ得られるのだ。
(ファゾルトは心ならずも従わねば成らぬと言った表情をする。ファフナーとファゾルトと共にヴォ―タンに近付く。)
統智、神宗主よ!
待ちかねている我等の言葉を聞け。
悦春はあんた等の許に留めて置くとして、其れよりもズゥーと小さな報酬で解決することにしましょうや。
我等は土鬼の紅い黄金で十分だ。
統智Wotan
何だって?お前達は正気か?
儂の所有してもいない物を約束できると思うのか?
奇衝嶽Fafner
あの城を建てる為には大変な労力が必要だったのだ。
あんたの策略を以ってすれば魔太夫を捕まえる事など訳は無いでしょう。
統智Wotan
お前達はあの妖怪を抑え付けるために儂を利用すると言うのか?
城の報酬を引き合いにしてなんと言う欲張りだ。
曖朧嶺Fasolt
(フライアを捕らえ脇の方へ連れて行く)
さあ来い、女よ!
ナシが付くまでお前は俺等の奴隷だ!
悦春Freia
(泣きながら。)
哀哉!如何しましょう!
(神々は周章狼狽する)
奇衝嶽Fafner
この女を質草として夕方まで預かる。
そう思ってもらおう。
是で我等は一旦引き下がるが、耀く赤いラインの黄金が身代金として用意されて無くば―――
曖朧嶺Fasolt
その時こそ期限切れで悦春は二度お前達の許には戻るまい。
悦春Freia
(叫びながら)
お姉さん!お兄さん!助けて!
(フライアは立去る巨人に連れ去られる。)
陽晴Froh
遅れない内に!
雷拡Donner
追い駆けましょう。
(彼らはヴォ―タンに問いかける様な眼で見る)
悦春Freia
(遙遠くで。)
助けて―――!
虚火Loge
(巨人達を見送りながら)
切り株や、岩地を越えて、彼らは谷間に急ぐ。
荒くれ男に担がれていく悦春はとても愉しそうに見えませんねぇ。
おやまぁ、よろめきつつ谷間を渡って行きますよ。
巨人族の国境まで往ってから戦利品を賞味するらしい。
(神々に向かって)
おやぁ?如何したのですか?神々の長様。
幸せ一杯の神々の御機嫌は如何なったのでしょうか。
(灰色の雲が辺りを覆う。その中で神々は段々青白く年老いていく様子を見せる。
皆不安そうに見詰め合う。そしてヴォ―タンに期待するような目を向ける。
立っているヴォ―タンは考え込んで足元を見詰めている。)
是は夢なのでしょうか?
其れとも現実の事なのでしょうか?
貴方方は急に萎れてしまった御様子。
頬の艶は無くなり瞳の輝きも失せてしまった。
陽晴大将、元気出してください。しょげるには未だ早いですよ。
オヤ、オヤ、強面の雷拡ちゃん、貴方の雷槌は段々下がってますよ。
護朔夫人も如何したのです。
旦那様が老人のように成って行くのは、
嬉しい事では在りませんよねぇ?
護朔Fricka
嗟乎悲しい!
如何したことでしょう。
雷拡Donner
私の手が下がってしまう。
陽晴Froh
心臓が停まりそうだ。
虚火Loge
ははぁ。解りました、その原因が何か。
今日は未だ悦春の林檎を召し上がっていらっしゃらない。
あの林檎を毎日摂っていたので、壮強で若かったが、彼女がいない今となっては、林檎は腐るばかり。
でも私には関係の無い事。
悦春は前から吝嗇って私に其れをくれようとはしなかったし、
それに私は半分神でしか在りませんから。
でも貴方方は若返りの果物に頼りすぎていませんか?
其れを知っている巨人らは密かに貴方方の命を狙っているのです。
気を付けた方が宜しいンじゃ在りませんか?
あの林檎が無いという事は迺ち老衰して見っとも無い姿を曝け出す事になり、
人々の嘲笑の内に滅亡して行くとい情け無い事態と成りましょうや。
護朔Fricka
(不安そうに。)
統智、夫よ!
何という不幸を齎したのです。
貴方が軽率なばっかりに神々は嘲笑され恥辱の的に成るのです。
統智Wotan
(急に決心し激昂して。)
よし!虚火よ。
案内せよ。
滞臓界へ往きあの黄金を獲って来るのだ。
虚火Loge
ラインの娘達の願いを聞き届けに為る御積りで?
統智Wotan
(激しく。)
黙れ!茶坊主。
可哀相な悦春を救わねば成らぬのだ。
虚火Loge
御命令どおり早速案内致しましょう。
ラインを通られますか?
統智Wotan
否、ラインは止めて置く!
虚火Loge
では、硫黄の坑を潜って参りましょう。
続いてどうぞ。
(彼が先に立って近くの坑道へ姿を消す。其処から直ぐに硫黄の蒸気が噴出す。)
統智Wotan
此処で他の者は夕方まで待っておれ。
救いの黄金を手に入れ、失った青春を取り戻すのだ。
(ヴォ―タンローゲの後を追って降りて行く。
其処から噴出す硫黄の蒸気は辺りを包む。
濃い雲で覆われると、後に残る神々も見えなくなる。)
雷拡Donner
統智宗主、御武運を!
陽晴Froh
お気を付けて!
護朔Fricka
心配している妻の許に早く帰ってきてください。
硫黄の蒸気は暗くなり真っ黒な雲と成って下から上へと昇る。
その雲はやがて硬質な断崖絶壁にへと変わていく。
金属が鍛え上げられているような音が次第に大きくなり到る所から聞こえる。
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