第二場


波は緩りと雲に変ってゆく。
少しずつ明るくなる照明が後から差し込んでくると、細かな霧となって辺りは明るくなる。

やがてこの霧が雲となって上方へ完全に消えると、夜明けの光の中に、山上の見通しのよい土地が現れる。
明るくなった日光は次第に輝きながら後方の山頂に立つ、キラキラ光る塔を持つ城を照らす。この城を冠のように戴く山頂と舞台前景の間には深い谷があり其処をライン河が流れていると想定されている。


脇の方に花が咲いている場所にヴォータンとフリッカが横たわり、二人とも眠っている。
城は完全にその姿を現す。


護朔(フリッカ)Fricka
(目覚めて城を見て驚く)
統智(ウォータン)!夫よ!起きて下さい。

統智(ウォータン)Wotan
(夢見ながら静かな声で)
歓喜溢れる殿堂は門や扉に固められ、
男子の誉れと永遠の力が限り無い栄光を我に与えん。

護朔(フリッカ)Fricka
(彼を揺り動かす)
起きて下さい。儚い夢の戯れを棄てて起きて考えて下さい。

統智(ウォータン)Wotan
(目を覚まし少し身体を起こす。彼の眼は直ぐ城の眺めに引き付けられる)
永遠の覇業此処に至れり。
聳え立つ神々の城の美しさよ。
陽を受け耀き鮮やかなる城よ。
儂の意図其の侭に堅固に、亦、壮麗なる哉。

威厳に誇る、かくも気高い神々しい城よ!

護朔(フリッカ)Fricka
私に愁いを齎す事も、貴方には悦喜となるのですか?
城は貴方の慶美ですが、私は妹の事を心配するのです。

暢気(のんき)に喜んでいないで約束の報酬の事を考えて下さいませ。
城が出来上った事は支払期限が来た事です。
約束の事はお忘れですか?
統智(ウォータン)Wotan
城を建てた連中との契約は忘れはしない。
あの神々しい殿堂を建築させる為、強情な連中を懐柔する為に結んだ取り決めだ。
奴らの強い力ゆえに、こんなに早くできたのだ。
報酬の事など心配するに及ばん。

護朔(フリッカ)Fricka
何と言ういい加減な人でしょう。いい気なものです。
貴方達の契約の事を前もって解っていたら決してそんな事を許さなかったでしょう。
でも貴方方(あなたがた)男神達は私達の意見を聴こうともせず、ひたすら遠避(とおざ)け、あの巨人達と密かに話を着けてしまいました。
厚かましい貴方方(あなたがた)は恥とも思わず、あの優しい妹を形にするとはゴロツキ同然です。
貴方方因業な人達にとって神聖で尊い事は権力その物です。

統智(ウォータン)Wotan
(静かに)

同じ様な欲望が護朔(フリッカ)に無かったとは言えないだろう。
城を建てよと強請(ねだ)ったのは誰だったのかな?

護朔(フリッカ)Fricka
貴方が遠くへ出かける時は、私は常に何処かで浮気していないかと心配で、
貴方の心を繋いで起きたいと寂しく考えなければなりませんでした。

立派な住まいや心地よい家庭が貴方を繋ぎ止め家に居て下さるように仕向ける訳だったのに・・・・
処がいざ建築の段階に成ると防備だ堤防だの考えばかり。
支配と権力のための築城となり(そび)え立つあの城は不安を呼び起します。

統智(ウォータン)Wotan
(笑いながら)
妻であるお前が儂を城に留めて置きたいならば、
夫である儂の身体は留めても外の世界を支配することを許してもらわねば。
生きているもの総ては変化をして行くもの。
だから、儂は支配する事を止めるわけには行かないのだ。

護朔(フリッカ)Fricka
何て心配ばかりさせる人ね!
権力とか支配とかのくだらぬ事の為、女の愛情を蔑むのですか?

統智(ウォータン)Wotan
(真剣に)
お前を妻にする為儂の眼を代償にしたではなかったか?
そう詰るのは止せ。
お前が思っている以上にお前を敬っているのだぞ。
あの気立てが良い悦春(フライア)は断念するつもりはないし、一度でもそう思った事は無い。

護朔(フリッカ)Fricka
(不安に駆られ緊張して舞台を眺めながら)

逸れなら直ぐに妹を保護して下さい。
不安に脅え救いを求めて走ってきます。

悦春(フライア)Freia
(急いで逃げながら登場)
お姉様、助けて。
義兄様守ってください。
あそこの岩で曖朧嶺(ファゾルト)が私を迎えに着たと言っています。

統智(ウォータン)Wotan
放っておけ!
(ところ)虚火(ローゲ)を見なかったか?
護朔(フリッカ)Fricka
何かと言うと貴方は何時もあの男を頼りにする!
今まで随分迷惑をかけられたのに、貴方は亦篭絡されたのです。

統智(ウォータン)Wotan
勇ましい勇気が必要な時は誰にも相談しなくても良いが、
老獪な策略が必要なときは敵の考えを利用してしまう虚火(ローゲ)が必要だ。
今度の契約では悦春(フライア)の事も引き受けているからあの男に任せてあるのだ。

護朔(フリッカ)Fricka
でもあの男は姿を見せません。
此処に巨人達がやって来ると言うのに。
貴方の
番頭(ばんとう)は何処にいらっしゃるのでしょう。
悦春(フライア)Freia
お兄様たちは何処?
私を義兄様(おにいさま)は生贄にしょうとしている。
雷拡(ドンナー)助けて!陽晴(フロー)兄さん悦春を助けて!
護朔(フリッカ)Fricka
ぐるに成って貴方を騙した人たちは現れやしない!

曖朧嶺(ファゾルト)奇衝嶽(ファフナー)Fasolt und Fafner
(二人とも巨大な姿で棒を持って登場する。)



曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
お前達が目を閉じ暢気(のんき)に眠るとき、我等二人は交睫(まどろみ)もせず巨城を築き上げた。
この大仕事は次々と頑丈な石を積み上げ、
(うまず)
まず、(たゆ)まず、(たわ)まず働き尽くした、嘗て無い巨城作りであった。
戸口や門、大広間など壮大且つ威厳に満ちておる。

(城を指差しながら)
見よ!あの耀き。陽を受け燦然たるあの城を!
さぁ、入城するがいい。そして報酬を払うのだ。

統智(ウォータン)Wotan
その報酬を言うが良い。何が欲しいのだ。
曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
我等が欲しいと思っているのは、すでに約束済みだ。
忘れたとは言わせぬぞ!

あの優しく美しい春の女神悦春(フライア)だ。
契約どおり連れて行く。
統智(ウォータン)Wotan
(素早く)
正気で契約の事を口にするのか?
他の報酬を望め!悦春(フライア)は手放さない。

曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
(大いに驚いて、暫く言葉無く立ち竦む。)
何を言うのだ。われ等を騙そうと言うのか。
契約を反故にすると言い張るのか?
お前の槍に刻まれた神威文字(ルーネ)は戯言なのか?
奇衝嶽(ファフナー)Fafner
(嘲る様に)
正直な兄貴よ!
阿保な頭にもやっとまやかしだと解ったのか。

曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
お前は光の種族、軽々しく気持ちを変えたがるが、
一つ忠告してやる。
契約は忠実に守れと。
お前の地位も権力も総て契約上でしかない。
今度の取り決めも、お前の力を考えた上でだ。
我等に比べお前は大層賢いさ。
本々自由な我等を縛り付けた位だからな。
若しも、お前が契約を守るつもりが無ければ、お前達の平和を呪い、破ってやる。
智恵廻りの遅い大男から忠告する。悪賢いお前よ、巨人の事は忘れなさんな。

統智(ウォータン)Wotan
冗談で決めた事を真剣に取るとはずるい事だぞ。
あの美しい女神が無骨なお前達に何の役に立つと言うのか。

曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
我等を嘲るのか。莫迦にするンじゃない。

輝かしい御身分のあんた方が石を積む仕事に夢中になり、城や御殿を作る為に女を人質に差し出した事をお忘れか?

今回我等が汗を流して働いたのは、暮し向きは貧しくても、
綺麗な優しい女を女房にもらえると思ったからだ。
今更取引は無効だと言い張るつもりか?

奇衝嶽(ファフナー)Fafner
無益らないお喋りは止めろ。
我々は女房が欲しい訳ではないのだ。悦春(フライア)を抱き込んだ所で、
大した役立つ訳ではないが、
悦春(フライア)が神々の許から去るのが多いにものを言うのだ。
(低い声で)
あの女の庭には黄金の林檎が成るが、其れを栽培できるのはあの女だけだ。
神々の一族はその実を食べるから永遠の青春に恵まれるのさ。
悦春(フライア)が居なくなれば林檎の実は落ち、樹は枯れ、
神々は老衰して滅んでいくのだ。

だから、悦春(フライア)を奪うのだ!!

統智(ウォータン)Wotan
(独り語で)
虚火(ローゲ)は未だか?
曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
明快(はっきり)返事をして貰いましょうや!
統智(ウォータン)Wotan
他の物を考えよ!
曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
他は駄目だ!悦春(フライア)だけだ!

奇衝嶽(ファフナー)Fafner
(二人はフライアに向かって迫る。)
女!俺達に付いて来い!
悦春(フライア)Freia
助けて!!この乱暴な人達から助けて!!

陽晴(フロー)Froh
(フライアを抱きかかえるように)
厚かましい奴!女から離れろ。
悦春(フライア)此処に!この女神は私が守る!

雷拡(ドンナー)Donner
(二人の巨人の間に立ちはだかる。)

曖朧嶺(ファゾルト)奇衝嶽(ファフナー)
この雷槌(いかづち)で打って欲しいのか?

奇衝嶽(ファフナー)Fafner
そんな脅かしが通用すると思うのか?
曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
喧嘩する訳じゃない我等の報酬を貰うだけだ。
何か文句が在るのか?

雷拡(ドンナー)Donner
お前達ら巨人族には時々報酬を支払った事が在る。
さあ、来い!
この重い雷槌が貴様らの報酬だ。

(ハンマーを振り上げる)
統智Wotan
(槍を争う二人の間に差し示す)
止めよ!!暴力は奮うな!

力では、何も得られぬ。

儂の槍は契約を保護する。お前の雷槌は使っては成らぬ

悦春Freia
嗚呼!悲しいわ。統智は私を巨人の嫁にしようとしている。
護朔(フリッカ)Fricka
残酷な人ね!
私には理解できません!
統智Wotan
目を転ずるとローゲが来るのが見える

オオ!来たか。
お前に任せたこの懸案を何とか解決しょうと急いで来てくれたのだろう。


虚火(ローゲ)Loge
(背景の谷から、上に昇って来る。)
えっ!何ですって?

確か巨人
達と契約を交わしたのは貴方方では無かったですか?
高い所、低い所が私の活動する場所で、家や世帯なぞ、性にあいませんや。

雷拡(ドンナー)さんや陽晴(フロー)さんは家屋敷の事を考えていらっしゃる。
結婚しようとする二人には家が必要不可欠!!

そして統智(ウォータン)様は豪華な宮殿、堅牢な城郭を御望みで。

寝室も、屋敷も宮殿も、そして大広間も実に念入りに堅固に仕上がっておりまする。

私、虚火(ローゲ)が実地に検分してまいりました。
曖朧嶺(ファゾルト)氏、奇衝嶽(ファフナー)氏の両名は実に立派なお仕事をされ、素晴らしい限りです。

こんな私を怠け者と言う人は嘘吐きで御座りまする。


統智(ウォータン)Wotan
お前は悪賢く逃げを打つのか?
戯れを止め、忠義を尽くせ!
総ての神々の中で儂だけがお前の友人だ。
信用できぬ連中の中からお前だけを拾い上げたのだ。
今こそ良い智恵を出し、助言しろ。

城の普請を引き受けてた巨人らが悦春(フライア)を報酬にと言ってきた時、
お前がその美しい担保を受け戻しましょうと言ったから儂は承諾したのだ。

虚火(ローゲ)Loge
如何したらその担保を受け戻せるかは十分考えてみましょうと、
お誓いを立てましたが。
如何しても実現不可能で無理そうな事をやりましょうと誓った覚えはありません。

護朔(フリッカ)Fricka
ヴォ―タンに向かい

其れ御覧なさいな。
なんと言う食わせ者でしょう。

陽晴(フロー)Froh
お前の名は虚火(ローゲ)だが、これからは嘘吐(ルーゲ)き名乗れ!
雷拡(ドンナー)Donner
忌々しい焔だ!一思いに消してやる。
虚火(ローゲ)Loge
自分の羞じを忘れ私に罵詈雑言とは、
何と脳天気な奴らだ。
(ドンナーは、ローゲをぶちのめそうとする。)

統智(ウォータン)Wotan
(二人の間に割って入る。)
儂の友人に構うな、放っておけ!
お前達は虚火(ローゲ)技倆(ぎりょう)を知らな過ぎる。
こいつは智恵を小出しにするが、其れだけに中々値打が在るのだ。

奇衝嶽(ファフナー)Fafner
何も小出しないで、さっさと吐き出せ。
曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
代金を出すのに何と手間取る事よ!
統智(ウォータン)Wotan
(ローゲの方に荒々しく向き直り、迫りながら。)
シャンとしろ!強情者め!良く聴け。
お前は一体何処をうろついていたのだ。

虚火(ローゲ)Loge
恩を仇で返されるのが私の運命です。

貴方の為に心を砕き、辺りを見回し、
世界を駆けずり回り、巨人達の満足の行く様な、悦春の代わりに成る様なものを捜してまいりましたが――――
無駄足をして漸く私は悟りました。

天下広と言えど女の情以上に男を引き付けるモノは無いのです。
(一同驚いてそれぞれ困惑を示し納得する。)

水中、地中、空の上、生の営みある限り、
彼方此方働き掛け、女の情以上に男を引き付けるモノは無いかと捜したのですが、
尋ねる所、尋ねる所私は笑われる始末。
水中、地中、空の上、女と恋を断とうとは誰も思いますまい。
ただし、此処にたった一人愛を断念した男を見いだしました。
そいつは黄金を得るため女の情を棄てたらしいのです。


ラインの娘達が泣いているのを聞き付け、尋ねた所、
土鬼(ニーベルング)魔太夫(アルベリヒ)と言う男がラインの娘に言い寄って撥ね付けられた腹いせにラインの黄金を奪ったのです。
その男は女の愛よりもこの宝の方に価値が在ると言うのです。
大切な黄金を奪われた娘達が統智(ウォータン)宗主様にお願いしています。
その盗っ人から黄金を奪い返して下さる様にと。

私は是を伝える約束しましたので、是で虚火(ローゲ)の責任がすみました。

陰険でなければ、お前は莫迦なのだ。
儂自身が困っているのに他人の事なんかかまえるか?

曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
(注意深く聞いていたがファフナーに向かって。)
その黄金は土鬼(ニーベルング)にはやらんぞ。
あいつ等には度々苦しめられたが、捕まえようとするとするりと逃げる小賢しい奴だ。
奇衝嶽(ファフナー)Fafner
黄金で力を得れば、あ奴の事だからきっと仇を企むぞ。

おい!
虚火(ローゲ)よ。お前嘘を吐かずに教えてくれ!
土鬼(ニーベルング)が満足する黄金とはどんな物なのか?
虚火(ローゲ)Loge
川底に在る内は無邪気な娘の玩弄具に過ぎません――――が、其れが丸い指環に鍛え上げられれば持ち主に無限の勢力を与え世界もその人の物と成りましょう。

統智(ウォータン)Wotan
(考え込みながら。)
ラインの黄金の事は密かに聞いて居る。
その赤い耀きの中には不思議な魔力が篭り、其れで指環を作る者には限り無い力と財宝を齎すと言う。
護朔(フリッカ)Fricka
(低い声でローゲに)
その黄金細工は女の美しい飾り物と成るかしら。
虚火(ローゲ)Loge
ご婦人がその美しい飾り物を淑やかに身に御付けに成れば、
必ずや、旦那様に貞操を守らせる事が出来ます。
指環細工と組み合わせた装飾品として鍛え上げればの話ですが。

護朔(フリッカ)Fricka
(媚びる様に。)
ねえ貴方その黄金を手に入れては?
統智(ウォータン)Wotan
(次第に魅力を感じながら。)
その指環を宗主である儂が管理するのが良いと思う。
しかし、虚火(ローゲ)よ、黄金から細工するには如何すれば良いのか。

虚火(ローゲ)Loge
神威文字(ルーネ)秘法が指環を作るのに必要ですが、その秘法は誰も知りません。
但し、愛を断念する人のみが容易くやれるのです。 (ヴォータンは不服そうに貌を背ける。)
そんな事を貴方はしますまい、亦、したとしても後の祭。
今や魔太夫(あるべりひ)がこの魔力を獲得しているのです。
(鋭く)
指環は既に奴の手のモノですぞ!

雷拡(ドンナー)Donner
(ヴォータンに)
その指環を取り上げぬ事には、あ奴は我々を(しいた)げましょうぞ。
統智(ウォータン)Wotan
指環は儂の物にする。
陽晴(フロー)Froh
今なら恋を呪わずとも簡単に手に入りましょう!
虚火(ローゲ)Loge
簡単、カンタン、孺子の遊び同然。

統智(ウォータン)Wotan
(鋭く)
逸れなら如何すればいいのか?
虚火(ローゲ)Loge
掠奪するンです!
泥棒が盗んだものを泥棒から盗み取るのです。
是より他に手が在りますか?
然し魔太夫(アルベリヒ)は頑強に抵抗するでしょうから、
手際良く、抜かり無く事を運ぶのです。

そして、この盗っ人をお裁きになって。
ラインの娘達にあの黄金を取り戻してあげて下さい。
(恩情を見せる)
其れがあの娘達の願いなのです。

統智(ウォータン)Wotan
ラインの娘?そんな忠告は何の役に立つのか?

護朔(フリッカ)Fricka
肉欲(ただ)れた河の精の(こと)(など)、聞きたくも在りません!
今まで色んな男を水浴びしつつ、とっかえ、ひっかえ咥え込んだやら。

(ヴォータンは自分自身と闘いながら沈黙して立っている。其の他神々も緊張して視線をヴォータンに向けている。
一方ファゾルトとファフナーは相談している。)

奇衝嶽(ファフナー)Fafner
眼にも眩いその黄金は悦春よりも値打があると思う。
黄金の魔力を用いれば永遠の青春さえ得られるのだ。

(ファゾルトは心ならずも従わねば成らぬと言った表情をする。ファフナーとファゾルトと共にヴォ―タンに近付く。)
統智(ウォータン)、神宗主よ!
待ちかねている我等の言葉を聞け。
悦春(フライア)はあんた等の許に留めて置くとして、其れよりもズゥーと小さな報酬で解決することにしましょうや。
我等は土鬼(ニーベルング)の紅い黄金で十分だ。

統智(ウォータン)Wotan
何だって?お前達は正気か?
儂の所有してもいない物を約束できると思うのか?
奇衝嶽(ファフナー)Fafner
あの城を建てる為には大変な労力が必要だったのだ。
あんたの策略を以ってすれば魔太夫(アルベリヒ)を捕まえる事など訳は無いでしょう。
統智(ウォータン)Wotan
お前達はあの妖怪を抑え付けるために儂を利用すると言うのか?
城の報酬を引き合いにしてなんと言う欲張りだ。

曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
(フライアを捕らえ脇の方へ連れて行く)
さあ来い、女よ!
ナシが付くまでお前は俺等の奴隷だ!
悦春(フライア)Freia
(泣きながら。)
哀哉!如何しましょう!
(神々は周章(しゅうしょう)狼狽(ろうばい)する)

奇衝嶽(ファフナー)Fafner
この女を質草として夕方まで預かる。
そう思ってもらおう。
是で我等は一旦引き下がるが、耀く赤いラインの黄金が身代金として用意されて無くば―――
曖朧嶺(ファゾルト)Fasolt
その時こそ期限切れで悦春は二度お前達の許には戻るまい。

悦春(フライア)Freia
(叫びながら)
お姉さん!お兄さん!助けて!
(フライアは立去る巨人に連れ去られる。)

陽晴(フロー)Froh
遅れない内に!
雷拡(ドンナー)Donner
追い駆けましょう。
(彼らはヴォ―タンに問いかける様な眼で見る)
悦春(フライア)Freia
(遙遠くで。)
助けて―――!

虚火(ローゲ)Loge
(巨人達を見送りながら)
切り株や、岩地を越えて、彼らは谷間に急ぐ。
荒くれ男に担がれていく悦春(フライア)はとても愉しそうに見えませんねぇ。
おやまぁ、よろめきつつ谷間を渡って行きますよ。
巨人族の国境まで往ってから戦利品を賞味するらしい。

(神々に向かって)
おやぁ?如何したのですか?神々の(おさ)様。
幸せ一杯の神々の御機嫌は如何なったのでしょうか。
(灰色の雲が辺りを覆う。その中で神々は段々青白く年老いていく様子を見せる。
皆不安そうに見詰め合う。そしてヴォ―タンに期待するような目を向ける。

立っているヴォ―タンは考え込んで足元を見詰めている。)

是は夢なのでしょうか?
其れとも現実の事なのでしょうか?
貴方方は急に萎れてしまった御様子。
頬の艶は無くなり瞳の輝きも失せてしまった。

陽晴(フロー)大将、元気出してください。しょげるには未だ早いですよ。

オヤ、オヤ、強面(こわおもて)雷拡(ドンナー)ちゃん、貴方の(いか)(づち)(だん)(だん)()がってますよ。

護朔(フリッカ)夫人も如何したのです。
旦那様が老人のように成って行くのは、
嬉しい事では在りませんよねぇ?
護朔(フリッカ)Fricka
嗟乎悲しい!
如何したことでしょう。

雷拡(ドンナー)Donner
私の手が下がってしまう。
陽晴(フロー)Froh
心臓が停まりそうだ。


虚火(ローゲ)Loge
ははぁ。解りました、その原因が何か。
今日は未だ悦春(フライア)の林檎を召し上がっていらっしゃらない。
あの林檎を毎日摂っていたので、壮強で若かったが、彼女がいない今となっては、林檎は腐るばかり。
でも私には関係の無い事。
悦春(フライア)は前から吝嗇(けち)って私に其れをくれようとはしなかったし、
それに私は半分神でしか在りませんから。

でも貴方方は若返りの果物に頼りすぎていませんか?
其れを知っている巨人らは密かに貴方方の命を狙っているのです。
気を付けた方が宜しいンじゃ在りませんか?
あの林檎が無いという事は迺ち老衰して見っとも無い姿を曝け出す事になり、
人々の嘲笑の内に滅亡して行くとい情け無い事態と成りましょうや。

護朔(フリッカ)Fricka
(不安そうに。)
統智(ウォータン)、夫よ!
何という不幸を(もたら)したのです。
貴方が軽率なばっかりに神々は嘲笑され恥辱の的に成るのです。

統智(ウォータン)Wotan
(急に決心し激昂して。)
よし!虚火(ローゲ)よ。
案内せよ。
滞臓界(ニーベルハイム)へ往きあの黄金を獲って来るのだ。
虚火(ローゲ)Loge
ラインの娘達の願いを聞き届けに為る御積りで?
統智Wotan
(激しく。)
黙れ!茶坊主。
可哀相な悦春(フライア)を救わねば成らぬのだ。

虚火(ローゲ)Loge
御命令どおり早速案内致しましょう。
ラインを通られますか?
統智Wotan
(いや)、ラインは止めて置く!

虚火(ローゲ)Loge
では、硫黄の(あな)を潜って参りましょう。
続いてどうぞ。
(彼が先に立って近くの坑道へ姿を消す。其処から直ぐに硫黄の蒸気が噴出す。)
統智(ウォータン)Wotan
此処で他の者は夕方まで待っておれ。
救いの黄金を手に入れ、失った青春を取り戻すのだ。

(ヴォ―タンローゲの後を追って降りて行く。
其処から噴出す硫黄の蒸気は辺りを包む。
濃い雲で覆われると、後に残る神々も見えなくなる。)

雷拡(ドンナー)Donner
統智(ウォータン)宗主、御武運を!
陽晴(フロー)Froh
お気を付けて!
護朔(フリッカ)Fricka
心配している妻の許に早く帰ってきてください。


硫黄の蒸気は暗くなり真っ黒な雲と成って下から上へと昇る。
その雲はやがて硬質な断崖絶壁にへと変わていく。

金属が鍛え上げられているような音が次第に大きくなり到る所から聞こえる。