DAS RHEINGOLD

Vorabend des Buhnenfestspiels "Der Ring des Nibelungen"

第一場

ラインの川底。

緑色の薄明かり、上方の方へいくほど明るく、下へ行くほど暗い。高い所は水が波打ち、絶えず右から左へ流れる。その流れは深くなるにつれて、細かい霧の様になり、川底から人の高さまでは、全く水が流れていない様に見える。水は暗い川底の上方を、雲の様に流れている。到る所に、鋭い岩礁が深みから聳えて、川底を区分し、全体は鋸の歯の様に分割されて、完全に平坦な部分は何処にも無く、あらゆる方向に、濃い暗闇の中に、深い破隙めが在る事を思わせる。

舞台の中央に在る岩礁は、その細かい先端を水面近く明るい水面の方まで突き出している。その周りをラインの娘の一人が気持ち良さそうに泳ぎながら、廻っている。

巻江(ウオーグリンデ)Woglinde

聖なる流れよ波よ。

波打て流れよ。

揺り篭の様に揺れ、

流れ廻れ波よ。

揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
(上のほうから)
巻江(ウオーグリンデ)
ひとり?
巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
あなたが来れば二人だわ。
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
(上の方の流れから岩礁まで降りてくる)
どんな留守番をしているのかしら?

巻江(ウオーグリンデ)
Woglinde
(泳ぎながら逃げる)
あなたにわたしをつかまえられて?
(二人はからかいながら互いに捉まえ様として遊んでいる。)

静流(フロースヒルデ)Flosshilde
まあ、御転婆(おてんば)ね。
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
静流(フロースヒルデ)、泳いでいらっしゃいよ!
巻江(ウオーグリンデ)が逃げるからあなたも一緒に捕まえて。


静流(フロースヒルデ)Flosshilde
(降りてきて、遊んでいる二人の間に入る。)
二人は遊んでばかりいて黄金の眠りいい加減に見張っているのね!
黄金の昏睡(まどろ)む褥の辺りを良く注意して守るのよ!
遊んでばかりいると罰が当たるわ!

(二人は元気の良い叫び声をあげ左右に分かれる。フロースヒルデはウエルグンデを捉まえようとしたり、ウオーグリンデを捉まえようとしたりするが彼女達は逃げ廻り、今度は一緒になってフロースヒルデを追い駆ける。彼女達は一緒になって戯れたり笑ったりしながら、魚のように飛び回る。その間、アルベリヒが一つの岩礁を昇って、地の底から現れる。暫く暗闇に包まれた状態で立ち止まり水の精の遊びを愉しそうに眺める。)

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
おーい、妖精達よ!
なんて可愛(かわい)らしいんだ。羨ましい限りだ。俺と遊んでくれないかい。
滞臓界(にーべるはいむ)(よる)(くに)から楽しみ(たのしみ)にしてきたンだ。

巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
あそこに居るのは誰?
静流(フロースヒルデ)Flosshilde
薄闇から声がする。
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
此方を窺っている様子だけど・・・

巻江(ウオーグリンデ)と揺沙
Woglinde und Wellgunde
まあ、珍畜厘(ちんちくりん)
静流(フロースヒルデ)Flosshilde
(素早く浮かび上がりながら)

黄金(こがね)に注意を払って!
この手の盗っ人には警戒せよと、お父様は言っていましたわ。

(他の二人も彼女に随い、三人は素早く中央の岩礁に隠れ見る。)

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
やあ!そこのお姉ちゃん!
三人Die Drei Rheintochter
其処で何をしているの?

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
此処でおいらが見蕩(みと)れていても邪魔じゃないだろう。
下に来てくれないかい。
この土鬼(ニーベルング)はお姉ちゃんたちと遊びたいのさ。

巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
私達と遊びたいですって?
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
変な奴!!

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
煌く光に照らされて、なんと美しいのだろう。一人だけでも腕に抱しめたいよお。
ああ
!此処に来てくれたらナァ。
静流(フロースヒルデ)Flosshilde
何の事は無いわ。単なる恋煩いなのよ。
三人Die Drei Rheintochter
キャハハハハハハ。

揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
いけ好かない奴!
巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
逢って見ましょうよ。
(彼女はアルベリヒが居る岩礁へと降りて行く。)

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
一人降りて来る様だ・・・
巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
さあ、こっちにいらっしゃい。


魔太夫(アルベリヒ)
Alberich
(獣のような速さで岩礁の先端を攀じ登ろうとするが何度も失敗する。)
厭にツルツルした岩だ。直ぐ滑ってしまう。
手足すら掛ける所も無いぬるぬるした岩だ。

おまけにに水が入るし、くしゃみまで出ちまう。
(ウオーグリンデの(そば)に近寄る。)
巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
(笑いながら)
アハハハハハ。何とご立派なフィアンセがやって来る事かしら。

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
娘さんよ、可愛(かわい)い娘さんよ!
おいら
の嫁になってくれ。
巻江(ウオーグリンデ)を抱こうとする。)

巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
(彼から逃げながら。)
私を恋人にしたかったら此処まで来なさいよ。
魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(こうべ)を掻く)
駄目だ!駄目だ!逃げるのか?
もう一度此処に来ておくれ!
そんな身軽に跳ぶ事はとても出来無いよ。

巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
(もっと深い所にある第三の岩礁に飛ぶ。)
底の方なら如何かしらん?
此処なら、捉まえられるわよ。
魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(急いで降りる。)
其処だったら良いねぇ。

巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
今度は上よ!!

揺沙(うえるぐんで)
静流(ふろーすひるで)Wellgunde und Flosshilde
ハハハハハハハハ

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
あの生意気な魚め。どうやって捉まえよう。
待て逃げるな、このいたずらっ子。
(彼女の後を追って急いで昇ろうとする。)

揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
(別の側の低い岩礁の所に居る)
もしもし、其処の素敵(すてき)な方。
私の声が聞こえますか?

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(振り返って)
おいらを呼んでいるのか?

揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
巻江(ウオーグリンデ)の方は止めて私の所へいらっしゃい。
私の方がお気に召すと思うわ。
魔太夫(アルベリヒ)Alberich
あの娘よりお前の方が余程綺麗だよ。
オイお前。もっとこっちへ来ておくれ!

揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
(少し彼の方へ寄る)
この位で如何かしら?
魔太夫(アルベリヒ)Alberich
未だ、駄目だよ!
この俺をそのほっそりした腕で抱いてくれないかい。
優しく、熱い情熱で、ふっくらとした胸に寄り添ってみたいのさ。

揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
美丈夫のあなたが恋をしたいのなら、
どんな姿か良く見てみたいわ。

まぁ、厭らしい。
毛だらけの佝僂ね、
真っ黒で、瘤だらけで、臭い侏儒だわ。
誰かあんたを好いてくれるような女を捜しなさい。
魔太夫(アルベリヒ)Alberich
どんなに嫌われようと、捉まえずにおくものか!

揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
(急いで中央の岩礁に浮かび上がりながら)
捉まえないと逃げるわ!
巻江(ウオーグリンデ)静流(フロースヒルデ)Woglinde und Flosshilde
ハハハハハハハ!

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(怒り狂ってウエルグンデの後から怒鳴る)
嘘吐き女め!骨だらけの冷たい魚だ。

格好悪くて、とんでもないというのか?
おいらのの膚が嫌いだと言うなら鰻とでも相手しろ。
静流(フロースヒルデ)Flosshilde
妖怪さん、何をぶつぶつ言っているの?
言い寄ったのは未だ二人だけ。三番目に当たってみたら?
優しく慰めてくれるかもよ。

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
優しい声が聞こえるぞ。お前達が一人でなくて助かった。
誰かしら俺を気に入ってくれるかも知れん。
お前さん!本気だったらこっちに来ておくれ。

静流(フロースヒルデ)Flosshilde
(アルベリヒの所へ降りて来る)
妹達は本当に御馬鹿さん。
この人が不気味だと思うのかしら。
魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(彼女に近付きながら)
あんたの美しい姿を見たら、あの二人は本とにばかで醜女だと思うよ。

静流(フロースヒルデ)Flosshilde
(彼の機嫌を取りながら)
歌って頂戴!その綺麗な声で。私をウットリさせて。

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(馴れ馴れしく彼女に触れながら)
そんなこと言われたら、身も心も嬉しくて震えるよ。
愉しくて身も心も捧げたくなる。
静流(フロースヒルデ)Flosshilde
(優しく、彼を退けながら)
麗しい姿は瞳をうるわせます。
優しい微笑みは心を掻き乱します。

静流(フロースヒルデ)Flosshilde
(彼を完全に腕に抱きかかえる)
刺すような瞳、針金みたいなお髭。何時も見て居たいわ!
棘のような強張った巻き毛で、私を覆ってみせて!
蟾蜍の様なハスキーボイスを聞かせて頂戴!
静流(フロースヒルデ)Flosshilde
(彼を優しく引き寄せる)
愛しい方!
魔太夫(アルベリヒ)Alberich
可愛(かわい)い娘よ!
静流(フロースヒルデ)Flosshilde
優しくしてください!
魔太夫(アルベリヒ)Alberich
何時も、お前を抱いていたい。
巻江(ウオーグリンデ)揺沙(ウエルグンデ)
Woglinde und Wellgunde
アハハハハハ。
フフフフフフフ。

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(驚いてフロースヒルデの腕から逃れながら)
悪餓鬼め!おいらを嘲笑うのか。

静流(フロースヒルデ)Flosshilde
(突然、彼を振りきり)
詰まり、こういう事よ。
(他の妹達と素早く浮かび上がる)

巻江(ウオーグリンデ)と揺沙Woglinde und Wellgunde
アハハハハハ。
フフフフフフフ。

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
哀哉!情けない!何と情け無い!
あの女も騙しやがった。
嘘吐きで、狡黠(ずる)くて、根性悪な女だ。
おいらの心弄んでそんなに愉しいのか?

三人Die Drei Rheintochter
美しき流れよ、永遠に
永遠の時移り往き。
妖怪さん、下で怒ってないで昇っていらっしゃい。
いいこと教えてあげる。

妖怪さんびくびくしないで愛したい女なら手を放しては駄目なのよ。
私達を掴んで離さない程愛してくれるなら随いましょう。
だからネ! 私達を捕まえて!
水の中ではそれ程、早く動けないものョ。
美しき流れよ、永遠に
永遠の時移り往き。
娘達は彼方此方で、上へ、下へアルベリヒが自分達を追い駆ける様に(そそのか)す。

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
おいらの身体に恋の焔が駆け巡る。
恋の焔が熱く駆り立て燃えている。
おいらは欲しい!!お前が欲しいのだ!!

彼は死に物狂い勢いで追い駆ける。物凄い早さで岩礁から岩礁へ攀じ登り、亦、次々と飛び降りて娘達の一人を捕らえようとするが、娘達は愉しそうな声を上げて彼から逃れる。
アルベリヒは(つまづ)いて深みに落ちそうになるが、もう一度追い駆け始める。
怒りに駆られ、息も絶え絶えになって立ち止まり娘達の方へ向かって両手の拳を振り上げる。
アルベリヒはやっとの思いで。


必ず一人は捕まえるぞ!
アルベリヒは言葉の出ない程の怒り出上の方を見詰めているが、やがて次の現象に惹きつけられ我を忘れる。
上の方から次第に明るくなり、流れを貫いて光が差し込む。この光が中央の岩礁のある高い箇所に当たると、(あたか)も火を点けられたかの様に、まばゆく明るい黄金色の光が輝き始める。
其れは、不思議な金色の光となって、水中を貫く。


巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
見て河の底まで光が!
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
差し込む光が(あお)い水を抜け、眠る黄金に囁いている。
静流(フロースヒルデ)Flosshilde
今、陽の眸差で黄金が目覚めるわ。
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
明るい光の下で黄金が笑っている。
巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
黄金の煌きが河を耀かす。

娘達Die Drei Rheintochter
(一緒にその岩礁の廻りを愉しそうに泳ぎ回りながら)
瞬間(とき)の煌き永遠の清歓(よろこび)
流れ往き、流れ来る水よ。
ラインの黄金。無常の宝。
耀ける神々しい微笑よ。
灼熱の耀きが厳かに照らす。
瞬間(とき)の煌き永遠の清歓(よろこび)
流れ往き、流れ来る水よ。

宝よ!眸醒めよ。
愉しく眸醒めよ!
私達は君と共に喜ぼう。
流れは焔の様。
潜って、踊って、歌って、
君の褥を泳ぎ回り祝福しましょう。
ラインの黄金。無常の宝。
瞬間(とき)の煌き永遠の清歓(よろこび)
流れ往き、流れ来る恵みの水よ。
(益々陽気に楽しそうに、娘達はその岩礁の廻りを泳ぐ。流れ全体が明るい黄金の光で輝く。)

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(彼の眸は黄金の耀きに強く引かれ、黄金のみを凝視している。)
おい、女共!キラキラ光るあれは何だ?


娘達Die Drei Rheintochter
ラインの黄金を知らぬとは何処の田舎者なんでしょう。

巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
まどろむ様に、目覚める様に耀く黄金は土鬼(ニーベルング)の預かり知らぬ事。
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
潮を照らす黄金はまるでキラキラ光るお星様。

(みんな)!さぁ、楽しく耀きの中を廻りましょう。
小さい土鬼(ニーベルング)さん一緒に泳いで遊びましょう。
聖なる流れ、永遠の刻。

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
そんな無益らない、玩弄具(おもちゃ)なら、おいらには無用だ。
巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
この黄金の真の力を知ればその様に(けな)せはしない。
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
この黄金から指環を作るその人は無限の力を得て、世界を我が物に出来るという。

静流(フロースヒルデ)Flosshilde
うん、もう黙ってらっしゃい。貴方達は本当にお喋りね。
あのお父上にこの宝を盗まれないように、確り見張ってなさいと言われたでしょう。
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
あなたが一番お悧巧さんよ。私達に小言を言うの?
あなた知っていてっていて?誰がこの黄金を鍛えられるか?

巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
愛を諦め、愛を呪い、愛の怡悦(よろこび)を否定する人だけが、
黄金を指環に変える不思議な力を得るのよ。

揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
私達は安心して居られるわ。
生きているものなら誰だって愛を棄てる訳無いもの。
巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
ことにあの助平そうな土鬼(ニーベルング)だったらなお更、
女を抱けるなら身を滅ぼしかねないみたいだし。

静流(フロースヒルデ)Flosshilde
あの男だったら心配無用だわ。
あの男の欲情の焔は私を焼き焦すほど激しかったもの。
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
うねる流れに燃える硫黄の焔の様。
恋の情欲でシューシュー言ってるわ。

娘達Die Drei Rheintochter
永えの清歓。
永遠の刻の流れ。
可愛(かわい)い妖怪さん。
あなたも愉しく笑いましょう。
黄金の光であなたの貌も綺麗に映るでしょう。
おいで!可愛(かわい)い人。
私達と一緒に遊びましょう。
永えの清歓。
永遠の刻の流れ。
(三人は光の輝きの中を笑いながら上へ下へと泳ぎまわる。)

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
あの黄金の力で世界の遺産が手に入るというのか。
愛を意のままに出来ぬとしても、智恵が情欲を押し潰す事が出来るだろう。
嘲笑え!嘲笑え!
この土鬼(ニーベルング)がお前達の遊び場に往ってやる。

(怒り狂ったように、中央の岩礁へ飛んで行き、凄い勢いでその先端へ攀じ登る。
娘達は叫び声を上げながら散々になって逃げる。)

娘達Die Drei Rheintochter
まぁ!大変。
逃げましょう!
妖魔が暴れる!
恋の為気が振れたのよ。

魔太夫(アルベリヒ)Alberich
(最後の一跳(ひとっとび)で岩礁の先端に辿り付く。)

是でも怖くないのか?
勝手に色っぽくやってやがれ!
お前達の灯を消してやる。

此処から奪った黄金で復讐の指環を作ってやるンだ。
おいらの愛を拒んだ代償だ。思い知れ!

こうして、おいらは愛を呪う。

静流(フロースヒルデ)Flosshilde
盗っ人を捕まえて!
揺沙(ウエルグンデ)Wellgunde
黄金を返して!
巻江(ウオーグリンデ)Woglinde
助けて、勘弁して。
娘達Die Drei Rheintochterまぁ、如何しましょう!如何しましょう!