第4場
第二場と同じ風景、但しフライアは存在しない為、鉛色の霧に包まれている。ヴォータンとローゲが縛られたアルベリヒをつれて坑道から上がってくる。
虚火Loge
ここにじっとしていろ!不届きにもお前が手に入れようとした世界が此処にある。
私を入れる狗小屋は何処に建てる積りだい?
(小躍りしながらアルベリヒを愚弄する。)
魔太夫Alberich
卑怯者め!
人をペテンに掛けやがって、
この縄を解け、さも無いと酷い目に遭わすぞ。
統智Wotan
縛られている貴公は囚われの身である事を忘れるな。
丁度、貴公が世界を支配した如く、私が貴公を支配している。
それだけは曲げ得ぬ事実だ。
自由の身に成りたくば、身代金が必要だ。
魔太夫Alberich
クソッ!何て莫迦だったンだ。なんて間抜けだったのだろう。こんなペテンに引っ掛るなんて焼きが廻ったもンだ。憶えておけ!是を埋め合わせる復讐をしてやるからな。
虚火Loge
復讐をしたかったら、先ず自由を得る事だネェ。
自由な者が縛られている奴に罪を詫びるなんて言う事は絶対在り得ないからネェ。復讐をしたいならば手っ取り早く賠償金の心配をした方が良いぞ。
(ローゲは指を鳴らし支払いの真似をする。)
魔太夫Alberich
(荒々しく)
何が欲しいか言ってみろ。
統智Wotan
あの宝だ。耀く黄金だ。
魔太夫Alberich
強欲な盗っ人め!
(独り言で)
指環さえ手離さけりゃ宝なんぞ欲しくない。
そんな物は幾らでも巻き返せる。
考えろ。考えろ。
機転を利かせ、悧巧に振舞わねば。
失敗から得た教訓から比べれば安い物だ。
統智Wotan
宝を差し出す気に成ったか?
魔太夫Alberich
おいらの手を解いてくれたら宝を此処に呼び寄せよう。
ローゲはアルベリヒの右手の紐を解く。
アルベリヒは指環に接吻し、密かに呟くように命令する。)
さあ是で土鬼族を呼び寄せた。
主の命に従って家来が深みからを運ぶ音が聞こえるだろう。
さあ縄を解け!
統智Wotan
引渡しが完了するまで駄目だ!
(土鬼族が宝の細工物を担いで坑道から登って来るアルベリヒが歌っている間に積み上げる。)
魔太夫Alberich
畜生!!縛り上げられている姿を奴隷共に見られるのはこの上も無い屈辱だ。
(土鬼族に向かって)
おいらが命令した通りさっさと運べ!
宝をすっかり積み上げるンだ!
怠け者め!こっちを見るな!
早くしろ!早く!
済んだらさっさと帰ってドンドン仕事するンだぞ!
怠けるなよ!
お前達の後からおいらもかえるからな!
(アルベリヒは威嚇する様に拳を突き出す。土鬼族は恐れ戦き蜘蛛の子を散らす様に坑道に消える。)
支払いは済んだ!さぁ放せ!
虚火の持っている頭巾も素直に返して貰おう。
虚火Loge
(変化兜を宝の上に放り投げる。)
ウンにゃ。
是も賠償金のうちだ!
魔太夫Alberich
何と言う忌々しい奴!!
(低く。)
だが此処は我慢の為所だ。
糞!亦新しいのを作らせるか。
指環さえあれば、傀尖も逆らえない。
敵に恐ろしい武器を渡さねば成らぬとは、糞、忌々しい事だが―――
さあ、どうだ。魔太夫は一文無しだ。
縄を解け悪党共!
虚火Loge
是で良いのですか?放しますか?
統智Wotan
貴公の指に光る物は何だ?
よっく聞け、妖怪よ!
其れも無論、宝の内だ。
魔太夫Alberich
(驚く)
指環もか?
統智Wotan
放免して貰いたかったら、其れも出せ!
魔太夫Alberich
(震えながら)
喩え命は取られ様と是ばっかりは、放せん!
統智Wotan
(拠り激しく)
儂は指環が欲しいのだ。
貴公の命が如何あれ貴公の勝手だ。
魔太夫Alberich
是だけは俺の命そのものなのだ。
手でも頭でも目でも耳でも、
この金色の指環だけには代えられない物なンだ!
統智Wotan
虚けめ!
指環がお貴公の物だという事は在り得ないぞ!
正直言ってみよ。
その、きらきらする物は何処から奪ったのか?
河の底から盗んだ物を自分の物だというのは不届き千万。
ラインの娘達の所へ寄って聞いてくるが良い。
あの娘共がどうぞ指環にして下さいとあの指環を差し出したと言い張るつもりか?
魔太夫Alberich
酷い策略だ!
何て厚かましいンだ!
お前は泥棒で、詐欺師でありながら、
責められるのかそれを!
あの紅い黄金を意の侭出来るのならお前だって盗むに違いない。違うか?
土鬼のおいらは怒りに身を任せ、この魔力を得たのに、
何もしないお前にこの力を渡せと言うのか?
ふざけるな!
このおいらの不運は、
傷つけられた名誉は、
恨みは、呪いは、手前らの座興か?
神々の統領よ!よっく聞け!
この黄金は奪ったにせよ、何にせよ、
自分で勝手に罪を作ったに過ぎない。
神であるお前がおいらの指環を奪うなら、
過去、現在、未来にわたり総てのものに罪を作るのだ。
統智Wotan
指環を寄越せ!
貴公が幾ら、吠ざいても指環は貴公の物に成らんのだ。
(ヴォータンはアルベリヒを掴まえて、激しい力でアルベリヒの指から指環を抜き取る。)
魔太夫Alberich
(恐ろしい叫び声を上げる。)
悪―――――――!!!!
砕かれ、踏みにじられた・・・・・
悲惨だ・・・・・
統智Wotan
(指環に見蕩れる)
儂は今、覇者の中の覇者となったのだ。
(指環を填める。)
虚火Loge
放しても良いですか?
統智Wotan
解いてやれ!
虚火Loge
(アルベリヒの紐を解いて解放する。)
さあ、帰れ!
縄から自由だぞ。
勘手に失せるがいい。
魔太夫Alberich
(起き上がる。)
是が自由か?
(怒気を含んだ笑いをする。)
是が自由だってのか?
では放免された祝いに最初の挨拶をしてやろう。
呪いあれ!
呪いによって、おいらの手に入った指環に、呪いあれ!
そいつは無限の力を与えた。
しかし、今や其れは填めている者に死を齎す。
心楽しき者は是を望んでは成らぬ。
幸福なる者はこの光を見ては成らぬ。
其れを持つ者は心痛に苛まれ、
其れを持たぬ者は嫉妬に身を焦がす。
誰も其れを得たいと望むが良い。
誰も其れを得てから益は得られぬ。
是を持つ者は富に成功せず、人殺しの手に罹るのだ。
臆病者なら恐怖のうちに殺されるが良い。
指環の支配者が指環の奴隷となり、
一生渇き喘いで惨殺されるが良い。
再びその指環を手にするまで呪われよ。
是がその指環に贈る祝福だ。
(嘲笑いながら)
大事にするが良い。
(陰険に。)
この呪いから遁れられないぞ。
(彼は傍の岩の破隙めに姿を消す。
次第に霧が晴れ上がってくる。)
虚火Loge
彼奴の熱烈なラブ・メッセージを、
お聞きになりました?
統智Wotan
(指環を眺めるのに熱中する。)
抛っておけ。
(辺りは益々明るくなる。)
虚火Loge
(右の方を眺める。)
曖朧嶺と奇衝嶽が悦春を連れて来るようです。
(晴れゆく霧の中からフロー、ドンナー、フリッカが現れる。)
陽晴Froh
おお!彼等が戻って来た。
雷拡Donner
兄上お帰りなさい!
護朔Fricka
(ウォータンを気遣って)
良い便りを持って、お帰りでしょうか?
虚火Loge
(宝を指差しながら。)
計略と腕力で、
仕事は成功しました。
悦春の身請け代はあそこに。
雷拡Donner
巨人共に捕らえられていた悦春が戻って来た。
陽晴Froh
気持ちの良い風が再び吹き寄せ、
快い感じが五感に満ち溢れる。
翳り無い生命力を与えてくれる悦春と永遠に別れよう等とは、
実に深い過ちであった。
(霧は晴れ、陽が姿を見せる。フライアの復帰により、神々は若さを取り戻す。
一方城はまだ霧が懸っている。
ファゾルトとファフナーがフライアと共に来る。)
護朔Fricka
(嬉しそうに妹の方駈け寄ろうとする。)
愛しい悦春。
こんな嬉しい事は無い。
やっと私達の許へ帰ってきたのね。
曖朧嶺Fasolt
(フリッカを遮る。)
待て!
触るな!
未だ我等の物だ。
巨人族の国境で結果を待ちながら、
人質の世話を焼いていたのだ。
俺には甚だ残念で在るが、
それでも身代金さえ手に入ればと思って連れて来たに過ぎん。
統智Wotan
身代金は用意してある。
黄金の分配は穏便に決めるとしよう。
曖朧嶺Fasolt
この女を手放すのは本当に辛いのだ。
この女を忘れさせる為、
この花のような姿が隠れて見えなくなる位の黄金を積み上げてくれ!
統智Wotan
では、悦春の身体と同じ大きさの桝を作るが良い。
(二人はフライアに合わせて地面に二本の柱を突き立てる。)
奇衝嶽Fafner
人質と同じ等身大の棒を立てた。
さあ此処にギッシリ詰めて貰おうか。
統智Wotan
早くやってしまえ。
見るに耐えん。
虚火Loge
陽晴も手伝ってくれ!
陽晴Froh
悦春の辱めは一刻も早く終らさねば。
(二人は急いで柱の間に宝を積む)
奇衝嶽Fafner
そんなにやんわりと疎らに積むな!
(荒々しく宝をビッタリ押し付ける。)
ギッシリ隙間無い様に桝に詰めろ!
(身を屈め隙間が無いか見る。)
此処か空いてるぞ!この穴を塞げ!
虚火Loge
この野郎!離れてろ。
奇衝嶽Fafner
此処にも!
虚火Loge
口を挟むな!
奇衝嶽Fafner
此処にもっと!
統智Wotan
(不機嫌そうに貌を背ける。)
胸の底に屈辱の焔が、燃える。
護朔Fricka
(フライアから眼を離さず。)
あの上品な悦春が侮辱を受けて恥かしそうに立っています。
あの眸は何も言わずとも救いを求めていますよ。
優しい女をこんな目に遭わせて貴方は何て非道い人なのでしょう。
奇衝嶽Fafner
未だ、もっとだ!此処へもっと!
雷拡Donner
もう我慢ならぬ!
この厚かましい野郎に怒りが込上げる。
―おい!――
そんなに量りたくば、
俺の力を量るが良い!
奇衝嶽Fafner
雷拡、静かにしろ!
よそで怒鳴るが良い。
此処では雷鳴は不要だ!!
雷拡Donner
(手を振り上げる。)
貴様のような恥知らずは、葬らずにはいられるか?
統智Wotan
いい加減にしろ!
頭を冷やせ。
悦春もすっかり隠れた様だ。
虚火Loge
宝物も尽きてしまった・・・
奇衝嶽Fafner
(宝を確かめ、隙間を指差す)
未だ悦春の髪が見えるぞ。
その細工物を載せろ!
虚火Loge
えっ!この頭巾も?
奇衝嶽Fafner
早くしろ!其れだ!
統智Wotan
じゃ、遣ってしまえ!
虚火Loge
(変化兜を宝物に載せる。)
さあ、之で仕舞だ。
満足したか?
曖朧嶺Fasolt
美しい悦春の姿見えなくなった。
悦春は是で身請けか・・・・
あの女を手放すのか?
(彼は近くに寄って覗いて見る。)
噫噫!彼女の瞳が未だ俺の方へ向いている。
あの星のような瞳が耀いているのだ。
(我を忘れて)
あの美しい目許を見ると悦春を手放せない。
奇衝嶽Fafner
おい!お前らに忠告する!
大至急あの穴を塞げ!!
虚火Loge
強欲な奴等だ!
見ても解ろうが、宝はもう無いぞ。
奇衝嶽Fafner
とんでもない!
統智の指に黄金の指輪が光っているではないか?
穴を塞ぐ為、差し出して貰おう!
統智Wotan
この指環か?
虚火Loge
貴方方に忠告します。
この黄金はラインの娘達に返してやる物です。
統智Wotan
何を戯けた事を言うのだ?
儂が苦労して手に入れた物だ。
是は儂が所有する。
虚火Loge
其れでは、ラインの娘達と結んだ契約が反故になってしまいます。
統智Wotan
お前の約束は儂とは無関係だ。
是は獲物として儂の物だ。
奇衝嶽Fafner
だが、身代金として此処に差し出さねば成らぬ。
統智Wotan
お前達の欲しい物を言え!
何でも承諾してやるぞ。
―――然し――
この指環だけは渡せん!
曖朧嶺Fasolt
(怒ってフライアを宝物の後から引っ張り出す。)
では、交渉決裂だ。
元の約束通り女を連れて行く。
悦春Freia
助けて!お願い!
護朔Fricka
残酷な神よ!貴方は良いかも知れませんが、私達は如何なるのです。
陽晴Froh
黄金を惜しみなさるな!
雷拡Donner
指環を遣ってしまいなさい!
(フライアを連れ去ろうとするファゾルトをファフナーが引き止める。
神々全員困惑している。)
統智Wotan
黙れ!黙れ!
指環は渡さない!
(ヴォータンは怒って脇のほうへ向く、周りが暗くなって岩の間から碧い光が射す。その光の中、突然エルダ
姿が現れる。高貴な姿で黒い髪が波打っている。)
沃節Erda
(手をヴォータンに向け警告するように差し出す)
避けよ、統智!避けよ!
その指環を手に入れる?、
それは冥き破滅に救いも無く身を滅ぼしましょう。
統智Wotan
警告する女よ。
お前は誰ぞ。
沃節Erda
過去も私は知っています。
総て未来も私には解っています。
永遠の刻大初なる波である私、
沃節が貴男の無思慮を戒めるのです。
世の初め創造された三人の女神北封婆神は私の身から生まれたのです。
私の目に映る総ての事はこの娘達が夜毎貴男に告げるのが習いです。
がしかし、今日だけは常有らざる危機の為、私自から来たのです。
良くお聞き下さい!
総てが亡くなり、
神々の上にも冥き日が近付いているのです。
どうぞ、私の戒めを聞いてその指環を棄てなさい。
(彼女は悠然と沈む、蒼い光も弱くなる。)
統智Wotan
神秘にして厳かにお前の言葉は響く。
暫し留まれ!
詳しく話を聞きたい!
沃節Erda
(沈みながら。)
戒めは其れだけです。
良くお解かりでしょう。
心に留め畏れてくださるよう。
(彼女は消える)
統智Wotan
よく考え畏れるならば、
お前を引き留め詳細を聞かねば成らぬ!
(彼はエルダを捉まえようと追って、岩の破隙め目に入ろうとする。フリッカとフローが引き戻す。)
護朔Fricka
何を為さるおつもりです?
陽晴Froh
およしなさい!統智宗主。
あの高貴な女性の言葉に遵いましょう。
統智Wotan
(思い巡らせながら前方を見ている。)
雷拡Donner
(決心して巨人達に向かい)
聞け!巨人達よ。
暫し待て!
あの黄金はお前達の物に成ろう。
悦春Freia
そうして頂けるのですか?
悦春は身代金に値すると思って頂けるのでしょうか?
(一同緊迫して、ヴォータンを見詰める。ヴォータンは深く考えた後、決心して槍を掴み、恰も勇気ある決定を下した如く其れを振る。)
統智Wotan
悦春此処においで。
お前は救われるのだ。
青春は買い戻され、神々の許に還るのだ。
巨人共よ
指環を受け取れ!
彼は指環を宝の山に投げる。
巨人達はフライアを離す。フライアは神々の許へ急ぐ。
彼らはフライアを交互に愛撫する。
奇衝嶽Fafner
(直ぐに巨大な袋を広げ、宝をその中へ放り込む。)
曖朧嶺Fasolt
(ファフナーを遮りながら)
待て欲張りめ!俺にも分けろ!
公平に分けるのがお互いの為だ。
奇衝嶽Fafner
女に惚れた兄貴は金よりも女の方が良かったンだ。
莫迦な兄貴をやっと説得して取替えさせたが、
若し悦春が手に入ったら独り占めする積りだったのだろう。
だから、この宝の大部分を俺が持っていっても当然だ。
曖朧嶺Fasolt
何という言い掛かりだ、恥知らずめが!
(神々に向かって)
あんた等に裁いて貰おう。
正義に遵って公平に宝を分けてくれ!
(ヴォータンは軽蔑したように貌を背ける。)
虚火Loge
宝は全部彼奴に遣って、
お前は指環だけにしておけ。 |
|
曖朧嶺Fasolt
(宝をどんどん入れているファフナーに突っ掛かる。)
不埒な奴!其処を退け!
指環は俺の物。
悦春の瞳の代わりなンだ。
(彼は素早く指環を掴む)
奇衝嶽Fafner
手を退けろ!指環は俺の物だ。
(ファゾルトから指環を奪い取る)
曖朧嶺Fasolt
是は俺の物。俺のだ!
奇衝嶽Fafner
(棒を手に取りファゾルトに向かって振り上げる。)
落とさない様、確り握っていやがれ!
(彼はファゾルトを一撃で斃し、瀕死の兄から指環を奪う。)
悦春の瞳に見蕩れているが良い!
この指環に触れる事は永遠に出来ないのだ。
(彼は指環を袋に入れ、宝を悠々と掻き集める。
神々は全員驚き、沈黙して立っている。)
統智Wotan
げに恐ろしきは、呪いの力成り。
虚火Loge
統智宗主!貴方の幸運に比べる物が有りましょうや!
指環を手に入れる事により大きな利益を得、指環を取られては亦それ以上の得をする。
貴方の敵はくれて遣った黄金の為自滅して行くのです。
統智Wotan
(動揺して。)
然し、儂は不安に堪えない。
憂慮と懸念が心蝕む。
如何して其れを追い払えようか。
沃節の許へ行けば教えてくれるかも知れぬ。
護朔Fricka
(亦浮気されるのではないかと懸念を擁き、ヴォータンの機嫌を取る様に寄り添いながら)
何を考えていらっしゃるのです。
あの気高い城が主を招いているのですよ。
統智Wotan
(暗く)
あの城の代償は不吉な税金だ。
雷拡Donner
(霧に包まれている状態を示しながら。)
鬱陶しい靄が辺りを埋めておる。
我慢ならぬ。
雲を集めて雷雨を起こし、天を清めるとしよう。
(ドンナーは一際高い丘の上に立つ。振り回すハンマーに雲が集まる。)
おおい!おおい!
此処へ来い、雲よ霞よ。此処に集まれ!
お前の主雷拡が呼ぶのだ。
湧き上がれ雲よ、流れよ霧よ、
集結せよ霞よ、雷槌の許へ!
(彼は益々膨れ上がる暗雲の中に、蔽われ姿を消す。彼のハンマーが重く岩石の上に落ちるのが聞こえる。強い電光が雲の間から洩れ激しい雷鳴がそれに続く。フローも雲の中に消える。)
(ドンナーは姿を見せないで)
義弟陽晴よ!
此処へ来て虹の橋渡しを命じるが良い!
(突然、雲が散ってドンナーとフローが姿を現す。彼らの足元から燦然と耀く虹の橋が谷を越えて城の方へ伸びている。その城は今や夕日を浴びて明るく耀いている。ファゾルトの死体の傍では、やっと総ての財宝を集め終ったファフナーが巨大な袋を背負ってドンナーが魔力で雷雨を呼んでいる間に姿を消す。)
陽晴Froh
(橋に懸る道を示しながら、神々に向かって。)
城へと橋は懸りました。
軽くとも恐れ知らずな、この橋をいざ渡り給へ。
(神々一同、壮麗な光景に見蕩れている。)
統智Wotan
夕べ空は陽に映え、城は美しき灼熱に晒され、燦然と耀いて居る。
住む主が居ない城は朝日を受けて誘う様に建っていた。
然し朝から夕べまで不安と心労に駆られて入るのを拒まれておった。
夜も近付くと成れば闇の妖かしを避け城に宿ること許されよう。
(大きな感動に打たれたかのように決然と)
不安や恐怖の無い城に挨拶を送ろう。
(厳かに)
妻よ我に従え。
共に天招殿に住むのだ。
護朔Fricka
天招殿とは何の意味ですか、聞き覚えの無い名です。
統智Wotan
恐怖を克服した我勇気が名づけた名だ。
城が勝利を重ねればその意味は自ずと解ろう。
(ヴォータンはフリッカの手をとりその橋へと緩りと進む。フロー、フライア、ドンナーもそれに従う。)
虚火Loge
(神々を見送りながら)
彼らは終焉に近付いているのに繁栄が続くと信じて疑わない。
なんとも呆れ果ててしまうわな。
一緒に行動するのは実に可愧しい程だ。
再び焔に身を変え流離うか?
其れとも、抑え付け、諸事を結ばされた、
嘗ての仕返しに神々という浅はかな盲人達を食い尽くしてしまおうか?
満更悪い考えでも無さそうだ。良く考えてみるか・・・・・
(ローゲは投げやりな態度で神々の後を追っていく。
谷の底から、ラインの娘達の歌声が湧き上がってくるのが聞こえる。)
ラインの娘達Die
Drei Rheintochter
(谷底から、姿を見せないで)
ラインの黄金、河のこがねよ。
清らかなる宝よ、何と貴方は優しく耀いていたのでしょう。
清らなるこがねよ。私達は貴方の事を哀しむばかり。
貴方よ、こがねよ帰って来てください。
清らなる貴方戻ってきてください。
―――あの黄金を返してください。―――
統智Wotan
(橋の上に、足を置こうとして立ち止まり振り返る。)
あの嘆の哭き声は何だ?
虚火Loge
ラインの娘達に拠る嘆きの歌のようです。
黄金を返して欲しいとかで。
統智Wotan
性も無い水精だ。
(虚火に)泣くのを止めさせろ。
虚火Loge
(谷の方へ呼びかける。)
乙女達よ、何の為に嘆き哀しむ。
統智宗主のご所望を聞きなさい。
過ぎた事は忘れ、新しき神々の光の中で、幸せに生き暮らしなさい。
(神々は笑って橋の上を行く。)
乙女達Die Drei Rheintochter
(深い谷から。)
ラインの黄金、清らなるこがねよ。
貴方は水底に在る内は幸せに生ける筈。
上の世界では汚水に塗れるばかり。
(神々が橋の上を歩く間に幕)
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