第二場
突然、ジークリンデは立ち上がり、耳を済ます。
そしてフンディングが、戸外で彼の馬を厩へと連れて行く音を聞く。
彼女は急いで扉に駆け寄って、開ける。
盾と槍で身を固めたフンディングが入って来る。
フンディングはジークムントを認めて、扉の所で立ち止まる。
フンディングは冷酷な問い掛けるような視線を、ジークリンデに向ける。
瑞誉Sieglinde
(フンディングの視線に脅えて)
暖炉の傍でこの方を見つけました。
傷つき疲れ切っているようです。
豺章Funding
何かやったのか?
瑞誉Sieglinde
お客様として持て成し、お水を差し上げました。
守誉Siegmund
(落ち着いてフンディングを見詰めながら。)
水と休息を奥方は与えてくれました。
その為に妻を叱るのですか?
豺章Funding
我が家の家風に付いて客人は口を挟まないで頂きたい。
(彼は武具を外して、ジークリンデに渡す。彼女に向かって)
儂等二人の為に食事の用意をしろ!
ジークリンデは彼の武具をトネリコの枝に掛ける。そして食べ物と飲み物を貯蔵室から持ち出し、食卓の上に夜食を用意する。知らず知らずの内に彼女は視線をジークムントに注ぐ。
フンディングはジークムントの容貌を鋭く観察し、自分の妻と見比べて、驚いて呟く。
何と家の妾に似ている事か!
あの蛇のような瞳は奴と瓜二つに光っておるワイ。
(彼は怪訝の念を隠し、うわべは紳士的にジークムントの方を向く)
客人よ!君は随分遠くから馬にも乗らず着たようだ。
この家で一息得たと言う訳だな。
どんな、酷い目に遭ったのだ?
守誉Siegmund
森や野を越え、山や谷を抜け、嵐と険難が私を追い立て、此処に到ったのです。
今や、何処を如何歩いた物か見当もつかずじまいです。
此処は何処かお教え戴きたい。
豺章Funding
(食卓のそばでジークムントに席に坐るよう促しながら)
君を守る屋根は、君を隠す家は豺章が主だ。
君が此処から西に向かえば豊かな家屋敷が立ち並ぶであろう。
それらは我等氏族の住いであり、豺章の名誉を守るのだ。
若し、君が名を明かして貰えば、儂にも名誉と成ろう。
ジークムントは食卓に着き、思い沈んで前方を見詰める。
フンディングの傍に、ジークムントと向かい合って坐っているジークリンデは、今までに見せた事の無いような関心を持って、ジークムントに視線を注いでいる。
フンディングは二人を観察して。
儂に語りたくなくば、せめて家の妾に言ってくれないか。
君に聞きたがっている様子だ。
瑞誉Sieglinde
(純粋に強い関心を持った様子で)
旅のお方、宜しければお聞かせ願えませんか?
守誉Siegmund
(視線を上げ彼女の目を見て真剣に語りだす。)
由守と名乗ることは許されません。
喜司と名乗りたいですが。
あえて悲司と名乗らなければ成りません
「狼」それが父の名でありました。
私は双子の一人として生を受けました。
妹と私なのです。
私を産んでくれた母と一緒に生まれた妹は幼い頃居なくなり、
殆ど憶えていません。
「狼」は戦いを好み、強かったので、敵も自然と多くなりました。
或る日、父は私を狩に連れ立ち、
日も暮れ、疲れ果て家に帰ってみると「狼」の家は在りませんでした。
立派な家屋敷は燃え崩れ、大きな樫の木々は切り倒され、母もその中で殺され、妹は炎の中に消えていました。
冷酷な「山犬」共の輩がこんな目に遭わせたのです。
追われた父と私は逃げ去り、深い森の中で暮らしました。
私達を捕えようと度々狩が行なわれましたが、
父と私は追ってきた輩共を返り討ちにして防ぎました。
是を語る私こそ、「狼」の血筋なる物です。
豺章Funding
大胆な客人よ、随分不思議な話を聞かせてもらった。
悲司に狼だと!
儂もその凄まじい二人の噂話を聞いた所が在るがそんな名前だとは知らなんだ。
瑞誉Sieglinde
旅のお方、今も父上は御健勝でしょうか?
守誉Siegmund
「山犬」達は私達を激しく狩立てましたが、
殆どの敵は私達の手によって斃れ、逃げ延びた残党は獣に追われ逃げていきました。
新たに加勢して来た追っ手は私達親子を籾殻のように吹き散らし、
私は父から逸れ、その姿を見失ってしまったのです。
―――長い間探しても、手懸りは無く、
唯森の中で、父が何時も、身に着けていた狼の毛皮を見つけただけでした。
森から追われるが如く、私は人々が集う所へ行きました。
私は何度でも飽きずに、友を求め、女性を求めようとしたのですが、人々から嫌われるだけでした。
何か不吉なものが私には在り、
私には正しいと思われる事が他の人々にとっては悪い事であり、
私には悪いと思われる事が他の人々にとって正しい事なのです。
何処へいっても私は煙たがられ、いった先々で怒りを買ってしまうのです。
喜悦を求めると悲しみばかり。其れだからこそ、その名の如く悲しみを司るのです。
彼は、ジークリンデを見上げ、彼女の共感に満ちた視線に気付く。
豺章Funding
北封婆神が余程君を嫌って、苦しい人生を送らせたかったに違いない。
其れだけではない、
君を客として受け入れた男は、君の訪れを好ましく思っていないぞ。
瑞誉Sieglinde
武器一つ持たぬ丸腰の男を恐れる者は臆病者です。
どうか旅の方。
貴方は如何して武器を失ったかお教えくださいませ。
守誉Siegmund
(段々元気付いて)
一人の哀しみくれる娘が居りました。
娘は私に助けを求めたのです。
娘の親族が愛情無き結婚を娘に押し付けようとしたのです。
私はその無理強いから娘を守る為、敵の大群と戦い勝利を得ました.然し・・・
娘の兄達が戦場に横たわり娘は悲しみの為今までの事は忘れ果て、
溢れる涙を拭う事も忘れその亡骸を掻き擁きました。
娘は兄達を死に至らしめてしまったのを哀しみ嘆き、私を責めました。そして・・・
娘は戦場をさ迷い歩いたのです。
この兄弟達の同胞は、恨みと怒りに燃え仇を打つべく、大群を持て私に襲い掛かりました。十重二十重に敵に敵に囲まれる中、娘は去る事もせず、唯立ち尽くすばかり。
槍と盾を持って娘を守り続けようとしましたが、それらは役に立たぬほど砕け散ってしまったのです。
わたしは疵を負い、武器を失い、娘を守る事出来ないまま、敵は容赦なく襲いかかりました。
娘の瞳は二度と開きませんでした。
(燃えるような苦悩に満ちた、眼彩を、ジーリンデに向けて)
是でわたしが由守と名乗らぬ訳が解ったでしょう。
彼は立ち上がり、炉の方へ歩み寄る。
ジークリンデは、蒼ざめ、大きな衝撃を受けて、眼を伏せる。
豺章Funding
(立ち上がり、非常に暗い声で)
儂がその禍々しい者を知らぬと思うのか。
人々にとって貴き事も奴にとって如何でもいいと思っている不埒な奴だ。
仇討せよ。ということでわしは呼ばれた。
一族の血の償いをする為に儂は呼ばれたのだ。
儂が行った時は既に遅かったが、その極悪人が我が家に居るではないか。
問うに落ちず語るに落ちた。
窮鳥懐に入らずば、云々とあるからな。今夜だけは我名誉に懸けて、客人として「狼」なる者を守ろう。
明日、お前は自らを守れ、
明日こそ合戦の日。
お前の罪咎を儂の手で贖ってやる。
ジークリンデは、心配そうな表情で、二人の男の間に歩みでる。
フンディングは荒々しく彼女に。
オイ!此処から引き払え!
此処でウロウロする事は許さん。
寝所で酒をやる。中で支度して待ってろ!
ジークリンデは、暫くの間、考えあぐねて立っている。やがて緩りと向き直り、貯蔵室の方へ躊躇いがちに歩む。其処で彼女は再び立ち止まり、半ば貌を背けるようにして、もの思いに沈んでいる。
やがて静かに心決めて、彼女は戸棚を開け、角杯を満たし一つの小箱から薬を取り、その中に振り込む。
それから彼女は目をジークムントに向け、常に彼女に注がれていた彼の視線を捉える。
彼女はフンディングの監視の目に気付き、直ぐに寝室の方へ向きを変える。階段の上で、彼女はもう一度振り返り、ジークムントを憧れに満ちた目で眺め、?の幹のある箇所じっと視線で、まるで語るがかのように、はっきりと示す。
フンディングは立ち上がり、激しい身ぶりで、彼女を追い立てる。
彼女はもう一度視線をジークムントに送ってから、寝室に入り、背後の扉を閉める。
フンディングはトネリコの木の枝から彼の武器を取る。
男子は武器以って身を守るのだ。
(行きかけて、ジークムントの方を向き)
明日「狼」たるお前と戦う事としよう。
首を洗って待っているが良い。
(彼は武器を持って寝室に入る。中から閂を下ろす音が聞こえる。)
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