Die Walkure

戦魂選女

第一幕

第一場

ある住居の内部
中央に巨大なトネリコの幹が立ち、その高く盛り上がった根は到る所に地面に没している。
その大樹の梢は、木材を組んだ屋根によって、(さえぎ)られている。
幹と四方に伸びた枝は、それに合せて開けられた屋根の穴を通って、更に伸びている。葉のついた梢が、この部屋の上に広がっている事を想像させる。

この?の大樹を中心一つの広間が建てられている。壁は荒削りな木組みであり、
彼方此方(あちこち)に編んだり織ったりした布の(おお)いが、掛けられている。

前景左手に暖炉が在り、その煙突は、脇の方に屋根に向かって延びている。炉の後方には食料貯蔵庫のような内室が有り、二,三段、木の階段を昇って入れるようになっている。

その前には、編んだ布の蔽いが、半ば跳ね上げて掛っている。背景には簡単な木の閂が付いた入り口の扉が有る。

左手には、同様に木で出来た階段で通じている内室の扉が在り、更にその前方には、一つの机が在り、その傍らには壁に取り付けられた、広い長椅子が在り、前には幾つかの腰掛がある。


激しく、嵐のような動きの短いオーケストラ前奏曲が始まる。

幕が上がると、ジークムントが外から慌しく入り口の扉を開け、部屋へと入って来る。
夕方になりつつあり嵐は静まろうとしていた。

ジークムントは、一瞬、閂を手に持って構え、部屋を見回す。彼は極度の緊張で疲れ果てているように見える。かの衣服と容貌は彼が逃走中である事を示している。彼は誰も居ないのを確認して、背後の扉を閉め、暖炉の方へ近付き、熊の敷物の上へ、疲れ切って身を投げ出す。

 

守誉(ジークムント)Siegmund

 此処が何処で在れ、休まねば!

彼は仰向けに倒れ、少しの間全く動かずに伸びている。

ジークリンデが、内室から登場する。
彼女は、夫が帰って来たと思ったのだが、見知らぬ男が炉端に倒れているのを発見する。

彼女は怪訝な顔付きを見せる。


瑞誉(ジークリンデ)Sieglinde

 尚も舞台奥で。

見知らぬ人が居る!
誰なのかしら?

 彼女は静かに二三歩近寄る。

家の中に入って横たわって居るなんて!

ジークムントが動かないので、更に近寄って、彼を眺める。

 遠い道程を歩いて来たのかしら?
気を失っているだけ?
其れとも病気なのかしら?
逝き倒れで無ければ良いけれど。

彼女は、彼の方に身を屈め、聞き耳を立てる。

瞳を閉じているが未だ息をしている。
やつれてはいるけれど勇ましい方のよう。

 守誉(ジークムント)Siegmund
(頭を急に激しく起して)

 み・ず・・・
水を!

瑞誉(ジークリンデ)Sieglinde
 直ぐ持ってきます。少しお待ちを。

 彼女は素早く角杯を取り、家の外へ出て行く。戻ってくると、水を満たした角杯を、ジークムントに差し出す。

 お望みの冷たいお水です。

喉を潤してください。

ジークムントはそれを飲み、角杯を彼女に返す。

彼が彼女に感謝の為軽く会釈をすると、彼は急に彼女に対する共感の念が湧き起こり、彼の視線は彼女の貌に釘付けとなる。

守誉(ジークムント)Siegmund
冷たい水が元気付けてくれました。
疲れも軽くなったようです。
それに勇気まで涌いて来ました。
私の眼に映える美しい方。
水を下さったのはどなたですか?

瑞誉(ジークリンデ)Sieglinde

この家と私は豺章(フンディング)の物です。

あの人は貴方を客人として迎えると思います。

帰って来るまでお待ち下さい。


守誉(ジークムント)Siegmund
 私は武器を持っていません。
怪我をした旅人を追い払う事は無いと思います。瑞誉(ジークリンデ)Sieglinde
 まあ、お怪我を!
傷を見せて下さい。

守誉(ジークムント)Siegmund
(横たわっていた所から、威勢良く立ち上がって)

 疵は浅いのです。
大した事は在りません。
手も足もこの様に着いていますし、
せめて盾と槍がこの腕ほど強かったら、
敵に後ろを見せる事は無かったでしょうに・・・・
残念ながら盾も槍も砕けてしまったのです。

敵の犬共に追い立てられ、その上この嵐に出くわしたのです。


でも今は、疲れは吹き飛び、新しい太陽が夜を押し退け、微笑み掛けているようです。

瑞誉(ジークリンデ)Sieglinde

彼女は食糧貯蔵室へ急ぎ、角杯を蜜酒で満たし、ジークムントに、親愛の情を込めた感情を示しながら差し出す。

 

甘い蜜の御酒は如何(いかが)ですか。
如何(どう)か、お飲みになって下さい。

守誉(ジークムント)Siegmund

 ・・・疑う訳では在りませんが、
最初に毒見して頂けますか?

 ジークリンデは、角杯から少し飲み、再び彼に差し出す。

ジークムントは、緩りと一息に飲み干す。

その間、彼の視線は、一層の暖かさを込めて、彼女に注いでいる。
彼は角杯を離し、緩りと下に降ろす。


彼は深い溜息を漏らすと、暗い視線を落とし、震える声で。

不幸な男を貴方は勇気付けて下さった。
私は良く休みましたので力も出て来たようです。

 彼は立ち去ろうとして、素早く歩みだす。

優しい貴方の所まで不幸が訪れぬよう先を急ぐ事にします。

彼は奥のほうへ行く。

瑞誉(ジークリンデ)Sieglinde
(急いで振り向いて)

誰かに追われているのですか?

守誉(ジークムント)Siegmund

(彼女の呼び掛けに縛り付けられた様になり、緩りと暗い声で。)

 私の逃げる所に不幸が追い、

私の安らぐ所に不幸が近付く。

私の不幸が奥方に及んではいけないので直ぐに去らせてください。

(彼は素早く扉へと進み、閂を外す。)
 

瑞誉(ジークリンデ)Sieglinde
 (完全に我を忘れて、彼に呼びかける。)

それでしたら!!
此処にお残り下さい。
不幸が元々から在る場所には、此れ以上持ち込み様が在りません!

ジークムントは深い感動に襲われて立ち止まり、ジークリンデの貌を窺う。
彼女は恥じらいと悲しみで、瞳を伏せる。

長い沈黙。

守誉(ジークムント)Siegmund
(戻ってくる。)

私は悲司(ヴェーバルト)と名乗ります。

豺章(フンディング)亭主を待ちます。

彼は炉辺に(もた)れる。彼の視線は、落ち着いた、確固とした関心を込めてジークリンデに注がれている。彼女は緩りと目を上げて、再び彼を見詰める。二人は深い感動を目で表現しつつ、長い沈黙のうち、互いに見詰め合う。