第三場
ヴォータンと、彼の足元に倒れているブリュンヒルデの二人だけが残る。
其の侭の姿勢で、長い、厳粛な沈黙。
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聖鎧
Brunnhilde
(頭を少し、持ち上げ始める。初めはおずおずと語り始めるが次第に高揚してくる。)
私が犯した罪咎は其れほどまで恥かしい物なのでしょうか?
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私の罪は、屈辱的な罰を受けるほど、卑しい事だったのでしょうか? 私の過ちは私の名誉を奪うほど酷い物だったのでしょうか? |
彼女は緩りと身体を起こし、跪いた姿勢になる。
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お願いです父上、言ってください。
私の眼を見てください。
冷静におなりになって、怒りをお鎮め下さい。
貴方の子を其処まで貶める暗い罪がどの様ものか示してください。
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(姿勢を変えず、真剣に、また暗く)
自分の行いに尋ねるが良い。
其れがお前の罪を明らかにする。
聖鎧Brunnhilde
父上の命に従い、其れを実行しました。
統智Wotan
狼紋の為に戦えと言ったか?
聖鎧Brunnhilde
戦場の支配者としてそう仰いました。
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統智Wotan
だが儂は其れを撤回したはずだ。
聖鎧Brunnhilde
護朔奥方の意志に従われた瞬間、父上自身が父上の敵と成ったのです。
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統智Wotan
(低い声で、苦々しげに)
儂は解ってくれると思った。
そして其れを知った上での反抗を咎めた。
だが、お前は儂が臆病で、愚かだと思った。
お前の裏切りは儂の怒りを十分に受けるに値する罪を作ったのだ。
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聖鎧Brunnhilde
私は悧巧では在りませんが唯一つ知っています。
父上は家族を、私の弟、妹を愛しておいでです。
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父上はそれを葬り去ろうと悩んでおいででした。
息子、娘達に対して祝福ではなく、不幸を降らせる。
父上の希望を諦めた事です。
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統智Wotan
お前は其れを知りながら、それでも護ろうとしたのか?
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聖鎧Brunnhilde
(静かに語り始める。)
何故なら父上はやもえぬ事態のため、息子守誉に背を向けざる負えないと、
私は知っていたからです。
そして父上が背を向けた戦場で私は見たのです。
私は弟と逢い、そして死を告げました。
弟の瞳を見ました。
弟の言葉を聞きました。
勇ましくこの上なき清らかな男である弟の苦難を知ってしまったのです。
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最も勇敢なる者の嘆きが、
最も自由なる愛の悲しみが、
最も常ならざる心の痛みが、
私の心を打つのです。
私は見てしまった。
私は聞いてしまった。
勝利を約束しながら、其れを奪うような運命に変えようとしていた、
卑劣な自分が恥かしくなりました。
弟妹の為、信ずる儀なる者達の為に従えようと思ったのです。
――勝利であれ、死であれ守誉と共する。――
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唯其れだけが私の選択すべき運命であると悟ったのです。
そして、私はこの愛を教えてくれた方、
狼紋一族を愛するように教えてくれた方、
その方の真心に誠実であろうと決し、
その方のご命令を破りました。
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統智Wotan
儂の願望を相反する事態がさせまいとしている事を知りつつ、
お前は儂の本心を実行しようとしたのか?
そんなに世界秩序を甘く見ていたのか。
そんなに容易く情に流され、従ったというのか。
儂が如何なる苦痛に耐え、世界を崩壊させまいと、自ら律し、
永遠の苦しみから逃げ惑うのを止め立ち向かっていこうしたのを知っていた上でか?
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儂が神々の厄因という苦汁の盃を飲み干さねばならぬ時
お前は愛と悦喜に満ちた甘美な盃を啜り、酔い痴れた。
以後己の軽率な心に従えば良い。
お前は禁を破った。
今よりお前を避けねば成らぬ。
今よりお前と一緒に諮る事も無い。
今よりお前を信頼し事を成すことも無い
今よりお前とは生涯に渡って逢う事も無い。 |
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聖鎧Brunnhilde
確かに私は父上の言い付けを守らない莫迦な娘です。
相談もされても唯驚くばかりで父上を理解って居ませんでした。
唯父上の愛する者は私の愛する者であると私の心がそう告げるのです。
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私が父上から離れ避けねばならなくなり。
私と父上の結ぶ絆を解いてしまわれるのでしたら。
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どうか父上!
嘗て私の総てが父上の物であった事を忘れないで下さい。
父上の一部であった物を汚さないで下さい。
父上の分身を辱め、羞じに塗れさせないで下さい。
私を嘲りの的とする事は父上の品位を傷つける事になります!
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統智Wotan
お前は嬉々として情に流された。
今度は別な物に流されよ。 |
聖鎧Brunnhilde
私は天招殿を去り、父上と一緒に事を諮ることが許されず、
此れから我儘な男の妻として生きてゆくのでしたら。
どうか臆病者癖に法螺吹きな男だけは止めて下さい。
私を手に入れる男が価値の無い者では困ります。
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統智Wotan
戦神の許を去ったお前には選ぶ権利は無い。 |
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聖鎧Brunnhilde
(静かに、信頼をこめた親しさで)
父上は高貴な一族を御創りに成られました。
あの血筋からは臆病者等産まれる筈も在りません。
狼紋の一族から最も神聖なる霊止が生まれ出のです。 |
統智Wotan
狼紋の事は言うな!
法と秩序の為に滅びなければ成らぬのだ。
最早、お前同様に縁を切ったのだ!
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聖鎧Brunnhilde
父上から引き裂かれた瑞誉が一族の失墜回復をするのです。
(密かに)
瑞誉は子宮にいと高き実を宿しています。
如何なる女性も苦しんだ事の無い悲しみと苦悩の中で、
その子を産み落とすでしょう。 |
|
統智Wotan
その娘について保護を求めるな!
その子についても同様だ。
聖鎧Brunnhilde
(密かに)
あの娘は父上が息子に贈りになった剣の破片を持っています。
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統智Wotan
(激しく)
剣はこの手で砕かねば成らなかったのだ!!
娘よ!儂の心を変えようとするな。
汝の運命を受け入れよ!
儂は其れを選べぬ。
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唯刑罰が執行されたのを見届けねば成らぬ。
お前が何を望むのかを知る事は許されていない。
儂は縁が切れた娘の許から去るだけだ。
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長居し過ぎた様だ。
もう行かねば成らぬ。
聖鎧Brunnhilde
では罰は変えられないのですか?
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統智Wotan
お前を深い眠りに閉じ込める。
無防備なお前を目覚めさせた者がお前の夫となろう!
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聖鎧Brunnhilde
(がっくりと跪く)
深い眠りが私を拘束するならば、いい加減で情け無い男の食い物にされてしまいます。
父上!是だけは是が非でも聞いて貰わねば成りません。
私が危惧する結果には終りたくありません。
眠る私を何か恐ろしい物で守って下さい。
恐れを知らぬ勇者のみがいつかこの岩で私を見出すように。
統智Wotan
其れは余りにも多い恩恵だ。
お前は望みすぎる。
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聖鎧Brunnhilde
(彼の膝を抱いて)
でも其れだけは聞き入れてもらわねば成りません!
さも無くば私を父上の膝元に居る私を不憫に思わなければ、殺してください!
踏み砕き、押し潰してください。
この身体を父上の槍を以って貫いてください。
品位を貶めるだけの犠牲にはしないで下さい。
冷徹な神である父上!
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(激しく、熱中して)
父上の命にて焔を燃え上がらせてください。
岩の廻りを灼熱の焔で包んでください。
臆病者の癖に図々しく近付こうとする者を
赤い舌が嘗め、赤い牙が食い千切るように! |
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統智Wotan
(圧倒され、感動して、元気良くブリュンヒルデの方へ向き直る。彼女を膝から起して、感動して彼女の目に魅入る。)
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さらば我娘よ!勇敢な輝かしい娘よ!
さらば心の誇りよ!
さらば!さらば!
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(非常に情熱的に)
お前と別れ、もう挨拶を交わす事も無い。
並んで馬を駆ることも無い。
食卓に盃を交わす事も無い。
儂はお前を失わねば成らぬ。
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ならば、
如何なる花嫁も贈られた事も無い炎を最愛のお前の為に燃え上がらせよう。
燃える焔がこの地に輝け!
この焔に怯える者は逃げよ!
この焔を恐れる者は近付くな!
臆病者はこの聖鎧の岩より去れ!
神である儂よりもっと自由な者がこの花嫁を手にするのだ。 |
|
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(ブリュンヒルデは、感動してヴォータンの胸に沈み込む。彼はブリュンヒルデを長い間抱いたままで居る。彼女は再び頭を逸らせなおも彼を抱き締めながら厳粛な感動をもって、ヴォータンの眼を見つめる。)
輝ける二つの瞳よ!
戦での勇敢さを接吻にて酬いた時、
英雄達を褒め称える言葉がお前の唇から零れた時
儂は微笑みながら其れを楽しんだ。
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輝ける二つの瞳よ!
苦境に落ち希望へと憬れる時、
不安の海から悦喜求める時、
それは嵐の最中でもお前の瞳によって慰めを得た。
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いよいよ別れの時となった。
最後の接吻が永遠の別れになろう。
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私より幸福な男にその瞳は輝くがいい。
不幸な神には閉じられ、別れなければならぬ。
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(彼は彼女の頭を両手で抱く)
こうして神は去り、
接吻にてお前の神性を取り去る。
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(彼は彼女の瞼に長い接吻をする。彼女の目は閉じられ、安らかにぐったりとなって、彼女は彼の腕に中に沈む。
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一本の広い枝を伸ばしている樅の木の下へ、彼は彼女を運び、低い苔の丘に導き、静かに、横たわらせる。
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彼は、彼女を眺め、彼女に兜を被せ、ヴァルキューレの大きな鋼の盾を蔽わせる。
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彼の目は盾で蔽ってある彼女の寝ている姿に、留まっている。
彼は緩りと立ち去ろうとするがもう一度苦渋に満ちた視線を向ける。
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その後で、彼は厳粛な決断をしたかのように舞台中央へ進み彼の槍の穂先を大きな岩に向ける。
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虚火!聞け!
よく聞くのだ!
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お前が初めて儂の前に現れた時は燃え盛る炎であった。
お前は儂の許を去った時は鬼火と化した。
嘗て捕らえられていた頃の様にお前を召喚する。
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揺らぐ炎よ燃え上がれ!
岩の廻りを燃え上がれ!
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(彼は次の言葉の間に三回やりで岩を打つ)
虚火!
虚火!
此処だ!
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その岩から、焔が燃え上がり、やがて其れは徐々に明るさを増し、灼熱の焔に膨らんでいく。
明るい焔は荒々しく揺らめいて、ヴォータンを包む。
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彼は槍で火の海に命令し、岩の端の周囲を流れるように指示する。
それは直ぐ後方へも向かい、其処では岩の周囲で燃え続ける。
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儂の槍を恐れる者は、この炎を越える事は許さん!
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(彼は槍をまるで禁止の印であるかのように、差し出す。それから彼は苦渋に満ちた表情でブリュンヒルデを振り返って眺めた後、緩りと立ち去る。もう一度振り向いた後、彼の姿は炎の中に消える。幕が降りる。)
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