ニーベルングの指環 
前夜祭 ラインの黄金
Der Ring des Nibelungen
 
Das Rheingold

四場からなる一幕

ラインの水精:ヴォーグリンデ
ラインの水精:ヴェルグンデ
ラインの水精:フロースヒルデ
ニーベルング族の王:アルベリヒ
神々の長:ヴォータン
ウォータンの妻、婚姻の女神:フリッカ
フリッカの妹、美と青春の女神:フライア
火の神半神:ローゲ
巨人族の兄弟、兄:ファゾルト
巨人族の兄弟、弟:ファフナー
アルベリヒの弟:ミーメ
ウォータンの弟、雷槌の神 :ドンナー
フライアの兄、喜びの神:フロー
智の女神:エルダ

『ラインの黄金』は、北欧神話「アースガルドの城壁づくり」、「イドゥンの林檎」、「オッタルの賠償金」の要素が組み入れられています。
参考文献山室静「北欧神話」
後はネタバレになりますが「長靴をはいた猫」が相当します。

 第一場 

ライン河の底。 
ここにラインの水精とよばれる三人の美しい娘たちが泳ぎ戯れながら登場します。 
三人の名はそれぞれ
ウォークリンデ、(揺らぐ)
ウェルグンデ、(巻く)
フロースヒルデ(流れる)
という水の妖精たちで、河底に眠る黄金を守る役を現在の支配する以前の時代の神から仰せ付かっていました。

娘達の明るい戯れた声がラインの川底に流れます。

そこにニーベルング族の矮人でアルベリヒ(妖精男)という男がやって来ました。
 娘たちの噂話を聞いて此処にやって来たのです。
彼女達の体に心を奪われたアルベリヒは、
彼女らを捕らえようと近づきますが、
いいようにあしらわれ、
玩具にされ、
逃げられるばかりです。
また娘たちに容姿の醜さを散々からかわれたアルベリヒは腹を立てますが、
水のなかではもとより妖精たちには矮人のアルベリヒにとってもかなう術もありません。
アルベリヒと妖精たちの虚しい「鬼ごっこ」がつづくなか、
天上から一条の光が射しこんできました。

碧くうねる河の流れを通して、
岩礁の一角にある黄金をまばゆく照らし出します。
 アルベリヒは驚き、
娘たちに何が光っているのかと尋ねました。
娘たちは、情欲に焦がれて自分たち夢中になっているアルベリヒになど関係のない話とでもいわんばかりに、
ラインの黄金の秘密をしゃべりはじめます。


 この黄金でつくった指環を持つものには世界を支配できるほどの権力が与えられよう。
 けれどもその力を手に入れられるのは、愛という感情の悦びを断った者のみ。


これを聞いたアルベリヒは、この黄金を奪えば自分の愛情をけった娘達に復讐もでき、
さらに大きな権力をこの手に治められる事に気付きます。

其れだったら愛などは必要ないと。


大声で恫喝するアルベリヒに黄色い悲鳴をあげて逃げ惑う水精たち。
彼女達はまだ事態が飲み込めてません。
がアルベリヒが黄金を手にした瞬間(とき)全ては手遅れになってしまいます。
アルベリヒは追い縋る娘達を尻目に立ち去ります。
 こうしてラインの黄金はアルベリヒによって奪われました。


第二場


ラインにほど近い山裾に朝がめぐってきました。 
眠りから醒めたフリッカはワルハラの城が出来上がった状態を見て驚き、
夫のヴォータンを起します。

眠りから覚めた神々の長ヴォータンが、
彼方の山に朝陽を浴びて燦然と煌やくワルハラの城を見て悦に入っています。
 しかしその傍らでは妻のフリッカが沈鬱な面持ちで出来たばかりの城を諦視めては、
ため息をついていました。
それというのも、ヴォータンが巨人の兄弟、ファフナーとファゾルドに、
この城をつくってもらう代わりに妹である美と青春の女神フライアを差し出す約束になっていたからです。
夫のヴォータンに城をねだったのは、
たしかに妻のフリッカでした。 
けれども婚姻の女神のフリッカは、
夫の心をつなぎとめようとの思いから立派な家をと望んだのでした。 
それを男神達だけで妹をカタに勝手に契約を交わされたのでは堪りません。
ヴォータンとて、フライアを手放すつもりは更々在りません。
彼はその対策に楽観視していました。

そのときフライアが助けを求めて走ってきました。
巨人達が借金の取立てにやって来たのです。

さっそくフライアを受け取りにやって来た巨人たちに、ヴォータンは、焦ります。
そのままであると契約どうりにフライアを与えねば成りません。
契約の報酬の切り替えを持ち出し、
其れが既成事実と成らなければ、
契約によって地位を確立しているヴォータンの根底が揺らぎかねません。
なんとか他の報酬をと切り出したヴォータンですが、
巨人たちはそれでは約束がちがうと言い張ります。

兄フアゾルトは純粋に愛を、一方弟ファフナーは神々の老衰を狙っているからです。

巨人達は無理やりフライアを連れ去ろうとしますが、
ヴォータンは手が出せません。
何故なら巨人達と取り交わした契約がその支配の槍に刻まれているからです。

そこへフライアの兄で、喜びの神フローとヴォータンの弟雷の神ドンナーが止めに入ります。
彼らは直接に契約とは関係ないためまだ自由に動けるからです。
ドンナーは力ずくで解決しようとしますが、
勿論そんなことをすれば世界支配の槍は砕け、
其れこそ神々の没落となってしまうため、
ヴォータンは契約重視させます。

そこに炎の神ローゲがあらわれました。 
ローゲはヴォータンに頼まれてフライアの代償を探しまわっていたのです。
 ローゲは集まった神々の前でこう言いました。
世界中の隅から隅まで駈けずりまわって、
女の体と情より優れて値打ちのあるものを探したが、
それに勝る宝は見つからなかったと報告します。

 しかし、とローゲは言葉をつづけました。
女から得られる悦びを断っても、思うが侭に全世界を支配できるのならと考えた男に出会った…。

ここでローゲは、ラインの黄金がアルベリヒによって持ち去られた経緯を語りました。

ラインの河底にある黄金を指環に造り替えるさえすれば、世界は思うが侭。
でも、それには愛を断念しなければ成らぬ事。

しかし、もうすでに、アルベリヒの手によって黄金は指環になってしまったため、今更手遅れである事。

世界はアルベリヒの物に成るでしょうと煽り、脅かします。

ここで、ニーベルング族に正義の鉄槌を下し、
ラインの乙女の願いである、ラインの黄金を是非彼女達に返還させて上げてくださいと締めくくります。

巨人たちは興味をそそられます。
何故なら、
巨人たちはニーベルング族にいい様にあしらわれていて、
復讐の機会を狙っていたのです。

フライアと引き換えに神々を利用して自分達の強敵ニーベルング族へ復讐させる、
まさに一石二鳥、しかも指環の力を利用すれば常若も不可能ではない。

巨人たちはフライアよりその黄金を引き換えにしようと提案します。

ヴォータンはその申し出を断ります。

自分達の都合の良い様に神々を利用されて堪るかと。

ならば最初の約束どうりフライアを連れて行くと言い残して彼女を連れ去っていきます。

 そのとき神々はフライアの存在が神々の存続に重大な要素であった事に気付かされます。
そう、老衰の危機に神々は見舞われたのです。
ヴォータンは神々の危機のため、黄金を求めにニーベルング族の住む地底の国ニーベルハイムへ降り立つ決心をします。

勿論それだけではない事はローゲも見越してさり気なくライン河のそばを通りますかと皮肉を利かせます。

ヴォータンは建前上は正義を掲げてるのですが、
本音としては黄金は巨人に、
指環はあわよくば手にいれ、
脆弱な権力基盤を堅固にするため、
返すつもりはさらさら無いので其れを覆い隠すためラインは避けて通りたいのです。

かくして、ヴォータンとローゲはニーベルハイムに旅立ちます。


第三場

地底の国ニーベルハイムでは、
地下の坑道でアルベリヒが弟ミーメの耳を引っ張りいびりながら出てきました。

アルベリヒは 指環の力を利用して弟のミーメに防衛手段の武器として隠れ兜を細工(こしら)えさせました。
 これを被ると姿を消したり、また思ったとおりの姿に変身できるという魔法の頭巾です。

作った本人は分らなくとも、何か途轍もない魔力を秘めたものであると気が付いたミーメはその秘密を探り出そうとして誤魔化します。
アルベリヒはそんな事は、先刻ご承知です。
それを隠していたミーメに叱りたおし、
取り上げた「隠れ兜」をかぶりなにやら呟くと、アルベリヒの姿は消えてしまいました。

アルベリヒは見えないムチでミーメにお礼返しをすると、
ニーベルング゙族に向かい宣誓します。
これからは休む事もゆるさず、俺のために黄金を積めと

やがてヴォータンがローゲの案内で地下に到着します。
彼らがそこで見たのは、
異様な活気と打ちひしがれたミーメでした。
ローゲの優しげな言葉に唆されたミーメは神々に、
兄の専制ぶりと隠れ兜のことを語りだします。

黄金から作った指環を填めたアルベリヒが王となり、
魔法の力で新たな鉱脈を突きとめてはそれを財宝に鍛え上げていること。 
圧倒的な指環の力で支配するアルベリヒに、
鍛治仕事を生業とするニーベルング族の矮人は逆らう事も出来ず、
唯々諾々と酷使させられていること。

そして、姿を隠せる不思議な兜のことを。




アルベリヒがニーベルングの矮人たちに、
黄金から作ったさまざまな財宝を担がせて戻ってきました。

珍しい訪問客にアルベリヒはそれらの財宝を嘲る様に見せびらかせます。
もとはといえばローゲは火の神なのですから、
ニーベルング族とは浅からぬ関係があります。 
昔話を持ち出し、
情に絡めるように擦り寄ります。

そうしてローゲはアルベリヒを褒め殺しにし、煽てに煽て上げます。
ついに、隠れ兜の自慢話まで引き出します。

私は世界中の奇蹟をみて歩いたが、
どんなものにでも姿を変えられる兜の話など聞いたことがない。
 もしそれが本当ならばたいしたものだが、
どうせ戯言にちがいない。
 実際にこの目で確かめてみないことにはおまえの力を疑うね。

腹を立てたアルベリヒは隠れ兜を被ると大蛇に変身してみせます。
 
たいそう怯えた振りをするローゲは、

あんなに大きなものになれるなんて、信じられん。
それでは今度は小さな蛙になってみろと(けしか)けます。
調子に乗ったアルベリヒが蛙になったところで、
ヴォータンがアルベリヒをひっ捕らえ、
アルベリヒの頭から隠れ兜を剥がしてしまいました。
もとの姿に戻ったアルベリヒは囚われの身となり、神々に連れ去られます。


第四場

場面は変わってふたたび山上の地。 
フライアがいない為天上界は灰色に覆われています。
そこに縛り上げたアルベリヒを引きずったヴォータンとローゲが現れました。
二人の神はアリベリヒに自由にして欲しかったら身代金として、地底世界の黄金を差し出せと強要します。
アルベリヒは指環さえ盗られなければ黄金なんぞは惜しくは無いと思い、
身代金として地底からありったけの財宝を小人たちに運ばせました。
山と積まれた財宝の上にローゲがアルベリヒのかぶっていた隠れ兜も身代金の一部だと言い放り投げます。 
ローゲは巧みに鉾先をヴォータンにむけ、
ヴォータンの本心を引き出します。
ヴォータンは、嫌がるアルベリヒの指から指環を抜き取ると、
ようやく彼を縛っていた縄をほどきました。

解放されたアルベリヒは、
最後の拠り所を奪われた口惜しさから、
ヴォータンの手にした指環に向かって呪いをかけます。 

その指環を手にする者は不幸に蝕まれ、
必ずや死が訪れるであろうという怖ろしい呪いでした。

悪態を吐きながら意気消沈したアルベリヒは地底のニーベルハイムへと戻っていきます。

かくも恐ろしいアリベリヒの熱烈なるラヴ・メッセージでさえも、
指環を填めて悦にはいるヴォ―タンには一向に意に介しません。

この指環の存在は彼に契約と言う煩わしい世界支配の枷から外させ、
真の支配者たる、自由を手に入れる事を保障するものだからです。


霧が徐々に晴れてきました。 
巨人族の兄弟がフライアを連れてやって来ます。
巨人達はヴォータンの後ろに積まれた財宝をみると、
まず報酬としてフライアの身の丈まで財宝を積み上げることを要求しました。
 いわれた通りにローゲとフローが財宝を積み上げます。
 それを見ていた巨人たちは難癖をつけて、
隠れ兜と指環をも財宝とともに差し出すように求めました。
 しかしヴォータンは指環だけは拒みます。
巨人達とヴォータン、
そして其の他の神々とのあいだに険悪な空気が漂う中、
地から湧きたつように青く妖しい光がたち上ると、
黒髪をなびかせた女の姿が浮かび上がりました。

 世界の智と地女神、原初の波動たる女神エルダです。
エルダは、ヴォータンに指環を手放すことを求めます。
本来ならば未来を予見する娘のノルンたちが警告するはずであるが、
火急のこと故、
疾く自らが警告にやって来たのだ。
 呪いのかけられた指環を持ち続ける事は神々の世界を滅ぼすことになる。 
わらわは神々の黄昏が直そこまで近づいているゆえ、
警告する…。

エルダの残した言葉はヴォータンの心に深く突き刺さりました。
やがて決心すると巨人達に指環をわたしました。
 するとたちまち兄弟のあいだで財宝をめぐって争いが起こり、
神々の目の前で弟ファフナーが兄のファゾルトを叩き殺しました。
ファフナーが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、積み上げた財宝を手に山を下っていきます。
呪いの怖ろしさを悟り、
またエルダの残した言葉に囚われたヴォータンは、
陰鬱な気持ちになりますが、
ドンナーの雷の禊払いと、
フローの架けた虹の橋によって、
気分転換が成され、
迫り来る危機に対し闘おうと決意をします。

一方のローゲはこんな能天気な連中と行動はしたくないと思いながら、
逆に食い尽し、貪ってやろうと策を廻らし始めます。

ヴォータンは妻のフリッカを筆頭に眷属とともにワルハラの城にかけられた虹の橋をわたっていきます。

遙かなるラインの河畔からは、黄金を奪われた妖精たちの哀哭(なげき)の声が、空しく響き渡ります。